連載
「新 戦国太平記 信玄」
第二章 敢為果断(かんいかだん) 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

「駿河守殿。近いうちに、互いの御主君を交えて酒でも酌みかわしとうござるな。是非、駿府へお越しいただきたいものだ。いずれは、義元様とそちらの若君が誼を通じる代(よ)となるのだから、お逢いするのは早い方がよい。さように思いませぬか」
「それは嬉しいお申し出であるが、少々、気が早うござる。わが御屋形(おやかた)様はまだまだ代替わりなど考えておられませぬ。だいぶ先のことになるかと」
 困ったような顔で、信方が取り繕う。
「ああ、なるほど。信虎様は信濃(しなの)を切り取りに行かれるのでありましたな。それが済むまでは、確かに時がかかりましょう」
「……まあ、さような次第で」
「では、それまで、われらだけでもしっかりと意を通じておきたいものだ。岐秀(ぎしゅう)ならば、甲斐と駿府の行き来もできますゆえ、内々の話があれば、かの者を遣いに出していただくのがよいかもしれぬ」
 太原雪斎は臨済宗の後輩である岐秀元伯(げんぱく)の名をあげる。
「岐秀禅師にござるか。わかりました」
 信方が頷く。
 岐秀元伯は晴信の導師でもあった。
「では、御請取渡しの儀を始めまするか。よろしくお願いいたしまする」
 太原雪斎は一礼してから踵(きびす)を返す。
 しかし、数歩進んだところで、何かを思い出したように振り向く。 
「ひとつ、お願いしたい事柄を思い出しました。もしも、駿河から武田家に仕えたいと願う者がおりましたら、それがしにお知らせいただけませぬか。まだ玄広(げんこう)恵探(えたん)殿の残党がいるやもしれず、さような者たちが甲斐へ紛れ込み、せっかくの和を乱すことになってはつまりませぬゆえ」
「わかりました。さような申し入れがありましたならば、岐秀禅師を通じてお知らせいたしましょう」
「助かりまする」
「では、姫様の輿を前に出しましょう」
 信方は請取渡しの儀を行うために塗輿の方へ戻る。
 ――盟約に乗じて駿河の国人衆が鞍替(くらが)えすることを警戒しているということか。用心深い漢だ。敵に回すと、厄介な相手となるであろうな。
 改めて、太原雪斎という今川の軍師を見直していた。
 こうして甲斐と駿河の国境で無事に請取渡しの儀が済み、恵姫は今川義元に輿入れしたのである。



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〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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