「こたびの戦がどのようなものになるのかと、今し方、地図を見ていたところなのだが、北条勢は富士宮の吉原城まで進んでいるという。われらが今川勢の援軍として富士御嶽(みたけ)の西側である身延道の万沢口を押さえるのは当然として、他はどうするのかと考えていた。ちょうど、ここに地図があるゆえ、これを見ながらの方がわかりやすいか」 晴信は真剣な面持ちで地図を広げる。 「……はぁ、なるほど」 戸惑いを浮かべた虎昌が、それとなく信方の表情を窺(うかが)う。 ――そのまま話を続けよ。 そう言いたげな顔で、信方が頷いてみせた。 「ええ、御屋形様からは『加古坂(籠坂〈かごさか〉)の峠を越えて須走口(すばしりぐち)を押さえよ』と命じられておりまする。そこに布陣したならば、あとは戦の成り行き次第で動き、手柄を上げるまで戻ってくるな、と……」 「ならば、飯富勢は鎌倉往還を使うて富士御嶽の東側に廻り込み、敵方先陣の背後を窺うということか。裾野の先には北条の要城である興国寺(こうこくじ)城がある。もしも、敵方が富士川を越えたならば、これを奪って先陣を孤立させればよいか」 晴信は瞳を輝かせながら、扇の先で地図を指す。 「はい、さような役目と存じておりまする。されど、まずは北条の背後にわれらが出張ったことをわからせ、富士の東郡に敵を釘付けにすることが肝要かと」 「ああ、そうであろうな。されど、北条もただ闇雲に西へ出ただけでなく、駿河の西側に罠を仕掛けているとも聞く」 晴信は駿河と西の遠江(とおとうみ)の国境を示す。 「それはいかような?」 虎昌が思わず身を乗り出した。 「元々、駿府の西にいる堀越(ほりごえ)と井伊(いい)は、北条と仲が良く、当家との盟約にも反対していたゆえ、こたびは今川家を挟撃する動きに出るやもしれぬ。そうとなれば、この戦は途端に複雑な局面へ入ってしまうであろうな」 晴信の言葉に、虎昌が驚愕(きょうがく)し、信方の顔を見つめる。 「若、さようなお話をどこから仕入れられましたか?」 信方が苦笑しながら訊く。 「御師からお聞きした。北条家にとって河東が特別な地であることに加え、こたびの騒動を広く碁盤全体を眺めるようにと言われた。確かに、そのような大局観をもって見なければ、なにゆえ北条家が無理を押してこの戦に踏み切ったのかという意味がわからぬ。それを考えていたところだった」 晴信はこともなげに言った。 ――戦全体を碁盤の如く大局観をもって眺める、と!? 虎昌は晴信の利発さに思わず小さく唸(うな)りながら、その顔を見つめた。