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連載
「新 戦国太平記 信玄」
第二章 敢為果断(かんいかだん)12 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

「何を申されまするか、駿河守殿! さように、くだらぬ話を真に受ける気はありませぬ。何よりも信繁様がまったく望んでおられませぬ。もしも、家督相続の話などが出ても自らお断りすると、信繁様がはっきり申されました」
「まことか?」
「まことにござりまする。信繁様は早く元服を済まし、兄上の右腕になって武田を支えたいと常々申されておりました。御初陣の時も、晴信様がお隣にいるものと固く信じておられました。されど、留守居役と聞いて愕然(がくぜん)となされ、信繁様は勇気を奮(ふる)い、兄上と一緒に出陣したいと御屋形様にお願い申し上げました。しかれども、御屋形様がにべもなく却下なされまして……」
 甘利虎泰も苦い面持ちで俯(うつむ)く。
「信繁様が御屋形様に陳情とは……」
 信方も驚きを隠せなかった。
「駿河守殿、どうか、このことを晴信様にお伝えいただけませぬか。誤解があるまま出陣いたすことを、信繁様は望んでおられませぬ。晴信様は御屋形様のお言いつけに従い、わざと信繁様に素っ気ない態度を取られているのではないかと思いまする。あれほど仲の良かった御兄弟が背を向け合うておらねばならぬのは、おかしゅうござりまする。今こそ、われら傅役の者が何とかせねばならぬのではありませぬか」
「それがしもそなたと話したいと思うていた。われらが互いを避けているようでは、家中の分裂を助長するだけだ。そなたの申す通り、まずはわれらが仕切り直そう。出陣の前に来てくれてよかった」
「それを聞き、ほっといたしました」
 安堵(あんど)の色を浮かべ、甘利虎泰は一息つく。
「されど、駿河守殿。ひとつ、ご忠告申し上げたい」
「何であろうか」
「飯田(いいだ)殿がしきりに当方へ訪れ、土屋(つちや)昌遠(まさとお)殿の寄合に参加せよと誘ってきまする。それがしは御初陣の支度が忙しいと理由をつけ、お断りしておりますが、しつこいことこの上なし。正直に申せば、疎ましくて仕方がない。どうやら、飯田殿と柳沢(やなぎさわ)殿が中心となって主だった家臣を集め、土屋殿を次の家宰に担ぐ算段をしておるようで」
「また、虎春(とらはる)か……。あ奴が晴信様と信繁様の仲違(なかたが)いを煽(あお)っている張本ではないか」
「おそらく、この身もろとも信繁様を抱き込み、家中の地位を盤石にしようということなのでござりましょう。それだけでなく、土屋殿と反目している青木(あおき)信種(のぶたね)殿も頻繁に寄合を開き、原加賀守(かがのかみ)殿や足軽大将の横田(よこた)殿、多田(ただ)殿などを誘っているようにござりまする。土屋殿だけが力を持たぬよう牽制(けんせい)しつつ、あわよくば失脚を狙おうということなのでは」
「さように不毛な争いをしている暇などないぐらいに、領内が疲弊しているのにな。それを立て直さずに何が家宰か」
 信方は苦々しい面持ちで吐き捨てる。



 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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