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連載
「新 戦国太平記 信玄」
第二章 敢為果断(かんいかだん)12 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

「……まさか」
「その、まさかが村上義清の戦よ。越中、城を落とすには何が必要か?」
 逆に村上義清が問う。
「……何が必要……」
 思案顔になった屋代政重が首を傾げる。
「……城方の三倍ほどの兵力かと」
「ほう、三倍の兵力か。ならば、この身はこれ一本で落として見せようか」
 村上義清は腰元から扇を抜き、己の太腿(ふともも)を打つ。
「……扇……一本で?」
 屋代政重は狐(きつね)につままれたような顔になる。
「さよう。見せてくれようではないか、わが城攻めの奥義を」
 得意げに笑い、村上義清は扇を開いて首元をあおぐ。
「こたびの合戦は、われらの兵を損じずに滋野一統を小県から追い出せばよいだけの戦いだ。越中、武田が海野平から滋野一統を炙(あぶ)り出したならば、奴らはどこへ向かうか?」
「……やはり、砥石城かと」
「さようだな。おそらく砥石城と真田の松尾(まつお)城に籠もり、われらと戦おうとするであろうな。されど、もしも、この二つの城の門が開かなかった時はどうするか。海野幸義(ゆきよし)の立場になって考えてみよ」
「砥石城と松尾城の門が開かない……。われらが北から挟撃しますゆえ、真田郷を経て鳥居(とりい)峠を越え、関東管領職の上杉憲政を頼って上野国(こうずけのくに)の吾妻(あがつま)郡辺りに逃げるしかないのでは」
「そうであろう。武田が滋野一統を追い立てた時、すでに砥石城と松尾城は、この義清が落としている。ゆえに、滋野一統の者どもは籠城も叶(かな)わず、小県から逃げることしかできぬ。そこまでの策を描けなければ、こたびの合戦の旨味(うまみ)はない。まだまだ甘いの、越中」
 村上義清は呆気(あっけ)に取られた屋代政重を尻目に高笑いした。
 そこへ使番が駆け込んでくる。 
「ご注進にござりまする! ただいま、武田勢が海野城へ攻めかかり、優勢の模様という一報が早馬にて届きましてござりまする!」
「さようか。では、逐次、戦況を報告せよ」
 村上義清が床几から立ち上がる。
「武田め、やっと動いたか。さて、では、われらもゆるりと砥石城へ参ろうではないか。出浦、わが兜(かぶと)を持てい!」
「はっ! 畏(かしこ)まりましてござりまする」
 傅役の出浦国則が隣室に用意してある主君の兜を取りに走った。
 こうして海野平の合戦は、武田勢の与(あずか)り知らない思惑を秘めて始まった。



 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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