諏訪頼重は保身のために武田信虎と村上義清に二股をかけていたが、どちらかといえば近隣で利得の重なる武田家を警戒していた。 そうした状況を利用し、村上義清は盟を結んだ振りをしながら武田と小笠原をぶつけようと画策していた。 すべては小県の所領を独り占めするためである。 村上義清、この漢はなかなかの策士であり、簡単には喰えない曲者だった。 「……なるほど、そこまでの絵図でありましたか」 屋代政重は感心したように頷く。 「されど、武田に勢子の役目をさせるとはいえ、われらには目の上のたんこぶがあるのでは?」 勢子とは鹿狩りなどで鳴り物を使って獲物を追い立てる役目の者たちのことだった。 つまり、武田勢は海野平から滋野一統を追い立てる勢子にすぎないということである。 「砥石(といし)城のことか」 村上義清は口唇の端を歪めて笑う。 砥石城とは、この葛尾城と指呼の間にある敵城であり、小県屈指の堅城だった。 葛尾城の南東に位置する東太郎山(ひがしたろうやま)の尾根上に築かれ、南の上田平(うえだだいら)や北東の真田郷(さなだごう)を一望できる位置にある。城に至る追手道は急坂になっており、しかも砥石の如(ごと)く滑るところから名付けられていた。 敵方の寄手にとっては難攻不落であり、守るに容易(たやす)い砥石城が村上勢の行手を阻む滋野一統の防御の最前線だった。 「なんのことはない。それもすでに落としてある」 村上義清は再び出浦国則と顔を見合わせ、意味ありげに笑う。 「あの砥石城を!?」 屋代政重が驚く。