第七章 新波到来(しんぱとうらい)
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
こうした体制刷新の中で、最も気勢を上げたのが惣領代行となった嫡男の義信である。 晴れて重臣筆頭となった傅役の飯富虎昌と共に自らの側近を固め、独自に会合を開いて家中の課題について話し合っていた。
そんな嫡男の充実ぶりを、信玄は黙って見守った。
――信繁を亡くしたことを最も悔しがっていたのは、他ならぬ、わが弟を師と仰いできた義信であろう。されど、師を失うことで逆に覚悟が決まり、次代を担うという揺るぎない自覚が芽生えたようだ。最近の義信は、まるで別人の如き働きぶりではないか。あまり、入れ込み過ぎねばよいが……。
頼もしく思いながらも、同時に気負いすぎる義信の性向を心配していた。
――ともあれ、われらは最大の痛手を被(こうむ)った合戦から立ち直ろうとしている。命を賭してくれた者たちのためにも、武田一門はもっと大きく、もっと強くならねばならぬ。
それが信玄の率直な思いだった。
そして、定例で開かれた内談の席で、他国との折衝役を任されている駒井(こまい)政武(まさたけ)によって北条(ほうじょう)家からの申し入れについて報告がなされる。
「御屋形(おやかた)様、小田原(おだわら)の氏康(うじやす)殿から上野(こうずけ)への出兵をお願いできないかという打診がありました」
「上野か……」
信玄は腕組みをし、渋い表情になる。
「……正直、気が乗らぬな」
「されど、北条家との約定が……」
駒井政武が言ったように、以前から盟約に基づいた要請があり、川中島での戦いの前にも、上杉(うえすぎ)政虎(まさとら)に奪取された武蔵(むさし)の松山(まつやま)城を取り戻すための援軍を請われた。
しかし、北信濃(きたしなの)を注視していた信玄はこれを保留し、「信濃の情勢がひと段落してから応じたい」と返答していた。
「確かに、北条家との盟約は大事だ。されど、いまの当家が城攻めの如き負担の多い戦に踏み切るのは時期尚早であろう」
信玄の言葉に、駒井政武は小さく頷(うなず)くしかなかった。
確かにまだ、家中には厭戦(えんせん)の気配が漂っている。
「ならば、父上」
義信が発言する。
「西上野への調略を主体にした出兵というのは、いかがにござりましょうや?」
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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