第七章 新波到来(しんぱとうらい)
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
「北条家にはこの策を事前に伝え、まずは東上野の厩橋(うまやばし)衆を調略することを持ちかけてはいかがにござりまするか。いずれにせよ、景虎(かげとら)がその動きを知れば、遠からず越後(えちご)から厩橋城に出張ってくると思われ、われらと北条家で東西から越後勢の本拠地を挟撃する形を取るのがよいのではありませぬか」
義信が具申した策は綿密に練られていた。
こうした事態を想定し、独自の会合で周到に話し合いを重ねていた成果である。
「ほう、そこまで考えておったか。よかろう。こたびはそなたの策に乗ってみよう」
信玄は嫡男の献策をそのまま受け入れた。
「御屋形様、それがしに若の援護をさせていただけませぬか。ちょうど小幡の倅(せがれ)が赤備(あかぞなえ)に入りたいと申しておりまして、良い機会かと」
飯富虎昌が申し出る。
「信実が赤備衆にか。されど、兵部(ひょうぶ)。そなたが出張ると大ごとにならぬか」
信玄が苦笑しながら言う。
「若の補佐をいたすだけゆえ、無用に暴れたりはいたしませぬ。信濃の次は上野の制覇を見据えねばならぬゆえ、地勢も直(じか)に見ておきとうござりまする」
「されど、まだ信濃で残っていることもある」
「それは一徳斎(いっとくさい)殿に任せておけばよかろうかと。信濃先方(さきかた)衆の筆頭ゆえ」
「わかった。考えておこう」
信玄は結論を先に延ばした。
「父上、もうひとつだけ、申し上げたきことがありまする」
「何であるか、義信」
「……こたびの機会を、四郎(しろう)の初陣となされては、いかがにござりまするか?」
義信の言葉に、信玄は微(かす)かに眉をひそめる。
「四郎の初陣とな?」
「はい。四郎も元服を済ませ、出陣の機会を待ちわびているのではありませぬか。それがしにお任せいただければ、立派な勝ち戦で弟の初陣を飾ってみせまする。普段はなかなか一緒に過ごせませぬが、戦場で時を同じうすれば、漢(おとこ)同士すぐにわかりあえるようになると存じまする。僭越(せんえつ)ながら、それがしも兄として四郎に戦場での心構えなどを授けてやりとうござりまする」
この申し入れは、信玄の虚を衝(つ)くものだった。
――義信が四郎の初陣を案じていたとはな……。
少し返答に困り、眼を閉じて思案する振りをした。
「……うぅむ。四郎には先にやらせなければならぬことがあるゆえ、こたびは見送っておこう」
信玄は眼を開け、嫡男の顔を見る。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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