第七章 新波到来(しんぱとうらい)
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
「されど、そなたの気持ちはよくわかった。よくぞ申し出てくれた」
「……いいえ、兄として当然のことかと」
義信は残念そうな面持ちで答える。
「では、北条家からの要請には義信の策をもって応えることとする。高白(こうはく)、すぐにこの旨を北条へ伝え、日取りの調整をしてくれ」
信玄は駒井政武に命じる。
「承知いたしました」
「義信と兵部は前捌きの調略も含め、出陣までの算段を頼む。義信、小幡親子は本日からそなたの麾下(きか)に加えよ」
「有り難き仕合わせ」
義信が小さく頭を下げる。
「民部(みんぶ)、そなたは残ってくれ。頼みたいことがある」
信玄は馬場信房に言う。
「承知いたしました」
「では、談合はこれにて仕舞いだ」
信玄は内談を締め括(くく)った。
駒井政武が最初に席を立ち、続いて義信と飯富虎昌が退室した。
室には信玄と馬場信房だけが残った。
内談の場を後にしながら、義信が飯富虎昌に不満を漏らす。
「……なにゆえ、父上はそれがしを四郎から遠ざけようとするのであろうな」
「えっ!?……それは」
虎昌が返答に詰まる。
「母親は違えど、四郎とそれがしは兄弟ではないか。その二人が一緒に時を過ごすことがなにゆえ、駄目なのであろうか。何か、父上には気になることがおありなのだろうか?」
「…………」
飯富虎昌が困ったように顔をしかめる。
「生前の叔父上から、四郎はこの身に会い、話をしたがっていると聞いた。それがしも同じ気持ちだとお答えしたならば、そのことを直に父上へ話してはどうかと助言していただいた。ゆえに、本日は正直に話したつもりだが、父上は訳もお仰せにならぬまま、四郎から遠ざけようとなされた。本音を申せば、得心いかぬ……」
義信は不満そうに口を尖(とが)らせた。
「若はなにゆえ、そこまで四郎様と時を過ごしたいとお思いになられまするか?」
虎昌が問う。
「兄弟だからに決まっているからではないか!」
「はぁ……」
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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