十一月二十日に出陣してから、すでに三十日を超えんとしており、暦は変わっている。例年ならば、師走(十二月)を迎えると曇天が少なくなり、山から颪(おろし)が吹き始めて乾燥が始まるはずだった。 だが、この冬の天候は、一筋縄ではいかなかった。 頭上から黒雲の帯は消えず、やっと雨が止んだかと思えば、さして晴間もなく愚図るように降り始める。時折、強い寒風が山頂から吹き下ろし、霰(あられ)が混じることもあった。 武田勢は海ノ口(うんのくち)城の麓を囲んだまま動きを封じられ、重苦しい空気の中で戦評定が開かれた。 「つまらぬ。……これほど、つまらぬ戦は初めてだ。いったい、この天気はどうなっておる?」 大上座で口を開いた信虎は、寒さを凌(しの)ぐためか、盃を傾けている。面相にはすでに酔色が滲(にじ)み出ていた。 ――御屋形様がだいぶ御酒(ごしゅ)を召し上がっている。これは良くない兆候だ……。 信方は大上座を見ながら、思わず顔をしかめた。 信虎は盃を煽(あお)り、さらなる一杯を注がれながら吐き捨てる。 「まあ、誰も答えられぬか。たかだか天気のことだが、空模様を疎みながら時を無駄にするのは耐えられぬ。この戦は雨に祟(たた)られ、すでに腐ってしまったのかもしれぬな。どうなのだ?」 ふてくされたように、酔眼で一同を見廻した。 主君が放った問いに対し、答えられる者はいない。誰もが押し黙り、火の粉が己に降りかからぬよう気配を殺している。 「合戦には、必ず運の良し悪しがついて廻る。もちろん、それは戦いを預かる将の運気というものを含んでのことだ。かほどに、くだらぬ天気が続くということは、よほど運の落ちた者がこの陣中に交じっているということなのであろう」 まるですべてが初陣を迎えた長男のせいであるかのような口振りだった。 晴信は微(かす)かに俯き、きつく口唇を結ぶ。 その面持ちを見て、信方が声を上げようとした、その刹那である。 「御屋形様……」 荻原(おぎわら)昌勝(まさかつ)が先に声を発する。 「……この悪天に対するお腹立ちは、ごもっともかと存じまする。しかれども、歯痒(はがゆ)い思いをしているのは、ここにおる誰もが同じであり、神仏にしか操れぬ天気を呪うても詮方なきことかと」 普段は決して主君に諌言(かんげん)などしない家宰(かさい)が、珍しく直入な物言いをした。 それには列席している大方の者たちも驚きを隠せない。思わず信虎と昌勝の顔を交互に見比べてしまう。 「常陸(ひたち)、そなたが余に対して苛立(いらだ)ちを隠さぬとは驚いたな」 信虎は皮肉な笑みを浮かべて盃を干す。