「誰にも策は、なしか。……ならば、三日だけ待ってやろう。城攻めの策を練るなり、天気を変えるための祈禱.を行うなり、手を尽くすがよい。されど、何も変わらぬようならば、この戦はそこで仕舞いだ。本日は大儀であった」 ぞんざいに評定を終わらせ、信虎は盃を放り投げながら、近習(きんじゅう)頭に命じる。 「酒が足りぬ! それに、もっと熱く燗(かん)をつけよ! 寒くて敵(かな)わぬわ。片口(かたくち)を湯煎(ゆせん)するなどという間怠(まだる)いことをせずに、土瓶に酒を入れて直火にかけぬか。器も大猪口(おおちょこ)で構わぬ」 「御意!」 両手で受けとった盃を額の上に掲げながら、近習頭の荻原虎重(とらしげ)は主君の後を追う。 家臣たちも押し黙ったまま、評定の場を後にした。 「……板垣、父上はこの戦に飽いてしまわれたのであろうか」 晴信が肩を落としながら呟く。 「まだ三日ありまする。今はただ天気の回復を待ちましょう。晴れさえすれば、伊賀守の策も具申できまする」 「わかった。どうせ、この身には晴れを祈ることしかできぬ……」 晴信は己に精進潔斎を課し、神妙に二日半を過ごす。 そして、三日目の払暁を迎えた。 だが、無情にも降り続いた雨は、夜更け過ぎから雪へと変わっていた。厚い冬雲に覆われているため、辺りが昏(くら)すぎ、陽が昇ったのかどうかさえも定かではなかった。 ――わが祈りは、通じなかった。……いや、まるで己の卑小さを天に嘲笑(あざわら)われているようだ。 晴信はすっかり消沈し、恨めしそうに曇天を見上げた。 午(ひる)を待たずに家臣たちが招集され、信虎がにべもなく退陣を告げる。 「この後すぐ、余は先陣と旗本を率い、小荷駄を連れて出立するゆえ、残った者は常陸と昌俊の命に従い、順次退くがよい。この雪だ、城の者どもとて、わざわざ追撃に出てはくるまい。さっさと新府へ戻るぞ」 信虎は甲冑(かっちゅう)の上に猪皮の陣羽織を纏い、すでに退却の支度を済ませている。しかも、その顔は赤らみ、相当の酒を吞んだことが見て取れた。 主君が先陣、旗本衆、小荷駄隊を率いて出立するということは、半数の四千以上の兵が一気に撤退するということである。残った四千弱ほどが敵城を睨みながら、順次の撤退を行わねばならない。 その時、一人の武将が手を挙げる。 「武田の御屋形様、先陣の露払い、どうか、この諏訪めにお命じくださりませぬか。若神子(わかみこ)までの御嚮導(ごきょうどう)、それがしが承(うけたまわ)りとうござりまする」 申し出たのは、諏訪頼重(よりしげ)だった。 「若神子までの露払いか」 信虎は薄く笑う。 この戦にはもはや何の利もないと見て、諏訪勢が一刻も早く撤退したがっていることは明白だった。それを先陣の露払いや信虎の嚮導という建前に包み隠していることも見抜いていた。