信方はすぐに荻原昌勝の処(ところ)へ行き、殿軍の編成について折衝する。 「常陸守殿、殿軍はわれらに加え……」 「待て、信方! その前にすべき話があるのではないか!」 昌勝は話を遮り、信方を睨みつける。 「……はぁ」 「若君にあの話を焚(た)きつけたのは、そなたであろう。だいたい、殿軍を申し出るならば、この身と陣馬奉行に話を通しておくというのが筋ではないのか?」 「……申し訳ありませぬ。事前にお話しすれば、反対されると思いまして」 「反対されるとわかっておったのならば、初陣のご長男を殿軍に残すということが、どれほど危険なのかをわかった上で焚きつけたのだな!」 「焚きつけたなど、滅相もござりませぬ。われらが話し合うた末に、捻(ひね)り出した苦肉の策。このまま初陣が終わってしまったのでは、若の将来に疵(きず)がつきまする。それはすなわち武田家の名折れ」 「御屋形様も仰せの通り、すべては悪天候のせいではないか。こたびは運がなかったと諦めるほかあるまい」 「それを申されるならば、そもそもなにゆえ、急遽(きゅうきょ)この時期に若の初陣が決められましたのか。しかも、戦の中で最も難しい城攻めを選ばれるとは、まったく解せませぬ。ご長男の初陣とあらば、時をかけて入念な支度を行い、手柄を上げやすい合戦を選ぶのが常道ではありませぬか」 「黙れ、信方! 無礼であるぞ! そなたは今さら御屋形様がお決めになったことを悪し様に罵るつもりか」 「黙りませぬ! 若に最後の機会を与えてくださるという確約をいただくまで、何度でも同じことを申し上げまする」 信方は執拗に喰い下がる。上輩に対してむきになってしまうほど、鬱憤が溜まっていたことは確かだった。 二人は一歩も退かない構えで睨み合う。 そこに陣馬奉行の原昌俊が割って入る。 「御二方とも、申し結びはそのぐらいになされませ。今し方、先陣の者たちが出立いたしました。間もなく御屋形様も退陣なされまする。われらも急がねばならぬのでは」 それを聞いた荻原昌勝が冷水を浴びせられたように平静に戻る。 「……そうだな。して、信方。そなたの要望とはいったい何だ?」 「まずは信秋と物見の者を殿軍に残していただけませぬか。それと、われらの兵だけでは少なすぎますゆえ、どなたかの一軍をお加え願えませぬか」 信方も本来の口調に戻っていた。 「どなたかの一軍といわれてもな……。あえて、殿軍に残りたいという者も多くはなかろう」 昌勝はそれとなく原昌俊の表情を窺(うかが)う。 その時だった。 信方の背後から、まったく別の声が響く。 「ならば、われらを殿軍にお加え願えませぬか」 笑みを湛(たた)えた老将が立っていた。