この評定が行われてからしばらくして、十月の初旬に冷泉為和が駿府(すんぷ)を訪れ、その足で甲斐の新府へ向かい、歌会が開かれることに決まった。 その折に、転法輪三条家の侍女頭(じじょがしら)が京の公卿に同行し、甲斐へ来ることになった。 それを聞き、晴信の鬱屈とした気分がさらに深まる。 「……板垣(いたがき)、京から侍女頭が来訪するということは、この身を品定めにくるということなのであろう?」 「何を申されまするか、若。先方の姫様も京からお出になるのは初めてゆえ、侍女頭が当地を下見に訪れ、入り用の物など支度するのでありましょう」 「そうだとしても、気が重い……」 「気が重くとも、今川家の仲介で決まった婚姻を反故(ほご)にすることはできませぬ。できぬことをぐじぐじと悩んでも仕方がないのでは」 信方はあえて苦いことを口にする。 「……そなたはわかっておらぬ。……何もわからぬままに、朝霧(あさぎり)殿を失うた、この身の気持ちを」 「それは……それについては、わかっているとは申しませぬ。されど、いつまでも引き摺っているわけにはまいりますまい。第一、これから嫁いでこられる御方様に失礼ではありませぬか。今はどのようにして睦(むつ)み合っていけばよいかを考えるべきではありませぬか」 「では、京の女子(おなご)をどうやって喜ばせればよいか、そなたが教えてくれ」 晴信はふてくされた態度で呟く。 「な、何を申されまするか、若。武骨なそれがしに、さようなことがわかるわけはありますまい」 「板垣、そなたは己がわからぬことを、したり顔でこの身に強要するのか」 珍しく晴信が喰い下がる。 「強要などしておりませぬ。されど、これを試煉(しれん)とお感じになるならば、若が御自身で乗り越える以外ありませぬ」 「いい加減な答えだな」 晴信がそっぽを向いて呟く。 「いい加減とは、聞き捨てなりませぬな」 信方も眼尻(めくじり)を立てる。 しかし、晴信の戸惑いを推し量り、大きく深呼吸して気を取り直す。 「……では、こういたしませぬか。御歌会の支度も含めて岐秀(ぎしゅう)禅師に講話を施してもらいましょう。あの御方ならば、京の仕来りなどにお詳しいのでは?」 そう言った傅役(もりやく)の顔を、晴信はじっと見つめる。 「……まあ、そうするしかないか」 「では、まいりましょう」 「わかった」 晴信は仕方なさそうに腰を上げた。