連載
「新 戦国太平記 信玄」
第二章 敢為果断(かんいかだん)3 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

 この評定が行われてからしばらくして、十月の初旬に冷泉為和が駿府(すんぷ)を訪れ、その足で甲斐の新府へ向かい、歌会が開かれることに決まった。
 その折に、転法輪三条家の侍女頭(じじょがしら)が京の公卿に同行し、甲斐へ来ることになった。
 それを聞き、晴信の鬱屈とした気分がさらに深まる。
「……板垣(いたがき)、京から侍女頭が来訪するということは、この身を品定めにくるということなのであろう?」
「何を申されまするか、若。先方の姫様も京からお出になるのは初めてゆえ、侍女頭が当地を下見に訪れ、入り用の物など支度するのでありましょう」
「そうだとしても、気が重い……」
「気が重くとも、今川家の仲介で決まった婚姻を反故(ほご)にすることはできませぬ。できぬことをぐじぐじと悩んでも仕方がないのでは」
 信方はあえて苦いことを口にする。
「……そなたはわかっておらぬ。……何もわからぬままに、朝霧(あさぎり)殿を失うた、この身の気持ちを」
「それは……それについては、わかっているとは申しませぬ。されど、いつまでも引き摺っているわけにはまいりますまい。第一、これから嫁いでこられる御方様に失礼ではありませぬか。今はどのようにして睦(むつ)み合っていけばよいかを考えるべきではありませぬか」
「では、京の女子(おなご)をどうやって喜ばせればよいか、そなたが教えてくれ」
 晴信はふてくされた態度で呟く。
「な、何を申されまするか、若。武骨なそれがしに、さようなことがわかるわけはありますまい」
「板垣、そなたは己がわからぬことを、したり顔でこの身に強要するのか」
 珍しく晴信が喰い下がる。
「強要などしておりませぬ。されど、これを試煉(しれん)とお感じになるならば、若が御自身で乗り越える以外ありませぬ」
「いい加減な答えだな」
 晴信がそっぽを向いて呟く。
「いい加減とは、聞き捨てなりませぬな」
 信方も眼尻(めくじり)を立てる。
 しかし、晴信の戸惑いを推し量り、大きく深呼吸して気を取り直す。
「……では、こういたしませぬか。御歌会の支度も含めて岐秀(ぎしゅう)禅師に講話を施してもらいましょう。あの御方ならば、京の仕来りなどにお詳しいのでは?」
 そう言った傅役(もりやく)の顔を、晴信はじっと見つめる。
「……まあ、そうするしかないか」
「では、まいりましょう」
「わかった」
 晴信は仕方なさそうに腰を上げた。



 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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