「……お、御屋形様は簡単に歌会などと仰せになられましたが、な、何やら大変なことになりそうな気がしてまいりました」 顰面(しかみづら)となった信方が、急にそわそわし始める。 「……ならば、われらは何を支度しておけばよろしかろうか?」 「何をしても、にわかはにわかでは?」 笑みを浮かべた岐秀禅師を、信方はすがるような眼で見る。 「さ、さように身も蓋もなきことを……」 「いえいえ、武辺と同じで、急拵(きゅうごしら)えでどうにかなるものでもありますまい。ならば、愚直に和歌と向き合うしかありませぬ」 「……愚直……に」 信方は二の句を失う。 「晴信殿、囲碁を教授しました時、最初に申した事柄を覚えておられまするか?」 今度は岐秀禅師が問う。 「はい。基本を覚えたならば、上手の棋譜など並べるのがよかろうと教わった覚えがありまする」 「和歌も同じ。今さらとは思われても、まずは愚直に古今集などを学ばれては、いかがにござりましょう。その際に重要なことをひとつ。必ず、音読いたしましょう。眼で字面を追うのではなく、声に出して語感や韻律を味わうことが肝要。同じ意味の言葉でも、まったく違う響きを持っており、その選び方によって連なる語句が調和したり、反撥(はんぱつ)したりすることで、独特の旋律や韻律を醸し出しまする。それは、音読によってしか身に付きませぬ。謡が謡うことでしか上手くならぬのと同じことにござりまする。手練の歌人ならば、書くのと同時に脳裡(のうり)で言葉を響かせることができますので、音読と同じことを無言にて、できるようになりまする。でも、最初はやはり音読。慣れてきましたならば、感情を乗せた朗読へと進めばよろしいのでは」 「古今集の音読……。戦の支度より大変そうではないか……」 信方が俯きながらぼやく。 「それが終わりましたならば、次は清書をなさるとよろしい。さすれば、話し言葉と書き言葉の違いが如実にわかってまいりまする。人は普段、何気なく言葉を使うておりますゆえ、文章を創るということがいかに難しいかを忘れておりまする。されど、文など認めようとした時、はたと手が止まってしまい、初めて話し言葉と書き言葉の違いに気づいたりいたしまする。良い文章というものは、ぱっと見た字面でわかるもの。限られた字数の和歌ならば尚更。良い歌は、見た刹那に風景が浮かんでまいりまする。そして、それをひとたび口にすれば、一陣の風が吹くように情感が立ち上ってきまする。名作とは、さようなもの。音読、清書、これを繰り返せば、徐々に歌の言葉というものが、軆(からだ)になじんできましょう。歌創りに挑むのは、それをこなしてからの方がよかろうと」 「それでは、古今集の真似事になってしまいませぬか?」 信方は困ったように訊く。