「最初は、真似で良いではありませぬか。どれほどの達人でも、最初は先人の名歌を学びまする。真の達人になるのは、その呪縛から完全に逃れ、己の作風を身に付けた時なのでござりましょう。真似事から始まっても、そこに己らしさを加えようとする努力が見て取れれば、充分ではありませぬか」 「……なるほど」 そう呟いてから、信方は小さく溜息を漏らす。 ――確かに、囲碁にも序盤には真似碁という手法がある。遠回りに見えても、古典の修学は最も近道なのかもしれぬ。何よりも、先人が編み出した真髄に触れることができるのだから。 晴信は岐秀禅師の話に納得した。 「御師、和歌の習得も兵法の修学と同じだということがよくわかりました」 「それはようござりました。ご参考になれば幸い」 「その上で、もうひとつ、ご助言いただきたい事柄がござりまする」 「何なりと」 「実は、その……」 次の言葉を言い淀(よど)み、晴信は思わず傅役の顔を見てしまう。 ――そのまま、直入に申されればよろしい……。 信方は小さく目配せし、話を促す。 その仕草を、晴信は恨みがましい眼で見た。それから意を決して打ち明ける。 「……実は、こたび、嫁を迎えることになりまして」 「それは御目出度うござりまする」 「その相手というのが……京の公卿の御息女で……ええ……その……」 晴信はしどろもどろになる。 「それは何方の?」 「……て、転法輪三条公頼様の御次女だそうで」 「ほう、なるほど。晴信様の本題はそちらでありましたか?」 「まあ、そういうことになるかと……」 「して、いかなるご相談事にござりましょうや」 「先ほども申しましたが……ええと、この身は武骨者ゆえ、公卿の御息女を娶(めと)っても、どのように時を過ごせばよいか、皆目見当がつきませぬ。何か良い智慧(ちえ)を授けていただけないかと思いまして」 晴信の申し入れに、岐秀禅師は驚きの色を浮かべる。 「拙僧に夫婦(めおと)の機微を語れと?」 「はい」 「妻帯もしたことのない拙僧に?」 「いや、つまり、その……経験というよりも、公家の御息女との生活を円滑に進める糸口となるような智慧を拝借できないかと」 「いやいや、それでも夫婦の機微に相違ありますまい。ならば、板垣殿にお訊ねした方がよろしいのでは」 岐秀禅師はやんわりと断りを入れる。