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連載
「新 戦国太平記 信玄」
第二章 敢為果断(かんいかだん)9 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

 於太の方は諏訪の一統である麻績家の娘であり、頼重の侍女となったが、いつの間にか惚れ合う仲になり、密かに結ばれて娘を出産した。
 しかし、侍女の身分であったがために正室とはなれず、頼重の正妻もいないため、側室とも認められていなかった。
「月日が巡るのは、なんとも早い。あの赤子が、今では七つの娘か。可愛い盛りだな。いずれは母ともども正式な立場を与えてやらねばならぬ」
 頼満がしみじみと呟く。
 正室を迎えてから、しばらく経てば側室に上がれるだろうというのが、家中における暗黙の了解だった。 
「……有り難き御言葉にござりまする」
「こたびの婚儀が、様々な意味で良いきっかけとなるやもしれぬな。武田は今川(いまがわ)との縁組と和睦をなし、南にあった最大の脅威がなくなった。長男の晴信(はるのぶ)も今川義元(よしもと)殿の仲介で京の公家と縁組をし、世継ぎと目される男子が誕生したという。慶事が続き、信虎殿もさぞかし満悦であろうな。それに加え、当家との縁組だ。頼重、そなたならば、これをいかように見るか」
「今川家との盟約を梃子(てこ)に、いよいよ本気で信濃(しなの)へ出張ろうということではないかと」
 頼重は冷静な口調で答えた。
「その通りだ」
 満足げに頷(うなず)いた頼満の声色が変わる。
「そこまで読めているならば、回りくどい話はせぬぞ。ここからは、わが本音を聞かせる。武田が当家に娘を嫁がせるのは、信濃へ侵攻する支度を万全に整えるためであろう。それだけでなく、武田信虎は今、村上(むらかみ)義清(よしきよ)と誼(よしみ)を通じ、しきりに盟約を持ちかけているようだ」
「まことにござりまするか!?……てっきり、北信濃の村上とは敵対するつもりだと思うておりましたが」
「いや、村上当人に書状で確かめたゆえ、間違いはない。海野平(うんのだいら)と滋野(しげの)一統を挟む形となっている村上と武田は、利害が一致しているのだ。両者の狙いは海野平から海野棟綱(むねつな)をはじめとする滋野一統を追い払い、北国(ほっこく)街道の佐久(さく)往還を牛耳ることであろう。一昨年前に信虎が長男の初陣として海ノ口(うんのくち)城を攻めたのは、もちろん裏切った平賀(ひらが)玄心(げんしん)との遺恨もあろうが、村上義清の対応を見極めるための小手調べであろう。『海野棟綱を挟撃するとしても、盟約の相手が平賀玄心では物足りなかろう』という信虎の投げかけだ。現に、あの合戦の後から信虎と村上義清が頻繁に書状のやりとりをしていると聞く。近いうちに海野棟綱を大きく攻めようということなのであろう。そのために当家も取り込んでおく必要があるというわけだ」



 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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