連載
「新 戦国太平記 信玄」
第二章 敢為果断(かんいかだん)9 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

「……お爺様」 
「諏訪一統の将来は頼重、そなたの双肩にかかっている。儂は頼隆を失うて、はっきりと学んだ。強きが弱きを貪(むさぼ)る大乱世においては、神仏の如き正義を求め、情に厚く生きるだけでは、己が摩滅していくだけだ。せめて、身内を守り切れるぐらいの強さを持たねばならぬ。だから、時には非情さも必要だ。それが一統の惣領として生きるということだ」
「承知いたしました」
「わかってくれればよい。くどいようだが、武田の娘が輿入(こしい)れしてくる前に、御方(おかた)と娘を隠さねばならぬ。されど、その前に二人と時を過ごしておくがよい。今ならばまだ、武田の者は何も知らぬ」
「有り難うござりまする」
「少々、喋りすぎたようだ。休むとするか……」
 諏訪頼満は気怠(けだる)そうに軆を横たえ、頼重はそれを介添えする。
 齢六十六となった祖父の軆は病いのせいで痩せ細っており、それを掌で痛感した。
 ――このところ、確かに、爺様の具合が悪すぎた。そのせいで、少し焦っておられるようにも見受けられる。かような時こそ、それがしがしっかりせねばならぬ。
 頼重はこの年で齢二十三となり、諏訪家を嗣(つ)いでから八年が経っていた。
 元服を目前にした齢十五の時、父が齢三十二の若さで急死し、一統が武田に屈する中、嫡孫として惣領に担がれる。何もわからないまま、若輩の身に過分な重責を負わされた。
 深く物事を考える間もなく、不安だけが極限まで募っていき、頼重は内縁となった於太の温もりに逃げ込む。娘が誕生したのは、その一年後であり、それから少しずつ乙名(おとな)の漢としての自覚が出始める。 そうした経緯もあり、娘の麻亜はかけがえのない存在となった。
 祖父の室を出た後、頼重は於太の方と麻亜のところへ向かう。
「お前様、かような時刻に、いかがなされました?」
「そなたに話があってな。於麻亜はどうしている?」
「いま隣の室で昼寝をさせておりまする」
「さようか。ならば、そのまま寝させておけばよい」
「……わかりました」
「実はな、そなたらのために高島の城を直し、使い勝手をよくしようと思うているゆえ、於麻亜と一緒に移るがよい。もちろん、造作にはそれなりの時がかかるので、今すぐにというわけではないのだが」
「高島の城へ……」
 複雑な思いが、於太の方の表情に滲(にじ)み出る。
 高島城は諏訪湖に突き出た岬の上に築かれた平城だが、周囲を湖水と湿地に囲まれているため、「諏訪の浮城」と呼ばれており、上原城からは二里しか離れていない。
 わざわざ近隣の城を改修して移り住むには、相応の理由があるはずだった。
「……お前様、もしも何か事情がおありならば、それもすべて話していただけませぬか」
「いずれは知れることゆえ、隠し立てするつもりはなかったのだが、そなたには正直に話しておこう」
 頼重は祖父から告げられた武田との縁組について話し始める。



 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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