「……お爺様」 「諏訪一統の将来は頼重、そなたの双肩にかかっている。儂は頼隆を失うて、はっきりと学んだ。強きが弱きを貪(むさぼ)る大乱世においては、神仏の如き正義を求め、情に厚く生きるだけでは、己が摩滅していくだけだ。せめて、身内を守り切れるぐらいの強さを持たねばならぬ。だから、時には非情さも必要だ。それが一統の惣領として生きるということだ」 「承知いたしました」 「わかってくれればよい。くどいようだが、武田の娘が輿入(こしい)れしてくる前に、御方(おかた)と娘を隠さねばならぬ。されど、その前に二人と時を過ごしておくがよい。今ならばまだ、武田の者は何も知らぬ」 「有り難うござりまする」 「少々、喋りすぎたようだ。休むとするか……」 諏訪頼満は気怠(けだる)そうに軆を横たえ、頼重はそれを介添えする。 齢六十六となった祖父の軆は病いのせいで痩せ細っており、それを掌で痛感した。 ――このところ、確かに、爺様の具合が悪すぎた。そのせいで、少し焦っておられるようにも見受けられる。かような時こそ、それがしがしっかりせねばならぬ。 頼重はこの年で齢二十三となり、諏訪家を嗣(つ)いでから八年が経っていた。 元服を目前にした齢十五の時、父が齢三十二の若さで急死し、一統が武田に屈する中、嫡孫として惣領に担がれる。何もわからないまま、若輩の身に過分な重責を負わされた。 深く物事を考える間もなく、不安だけが極限まで募っていき、頼重は内縁となった於太の温もりに逃げ込む。娘が誕生したのは、その一年後であり、それから少しずつ乙名(おとな)の漢としての自覚が出始める。 そうした経緯もあり、娘の麻亜はかけがえのない存在となった。 祖父の室を出た後、頼重は於太の方と麻亜のところへ向かう。 「お前様、かような時刻に、いかがなされました?」 「そなたに話があってな。於麻亜はどうしている?」 「いま隣の室で昼寝をさせておりまする」 「さようか。ならば、そのまま寝させておけばよい」 「……わかりました」 「実はな、そなたらのために高島の城を直し、使い勝手をよくしようと思うているゆえ、於麻亜と一緒に移るがよい。もちろん、造作にはそれなりの時がかかるので、今すぐにというわけではないのだが」 「高島の城へ……」 複雑な思いが、於太の方の表情に滲(にじ)み出る。 高島城は諏訪湖に突き出た岬の上に築かれた平城だが、周囲を湖水と湿地に囲まれているため、「諏訪の浮城」と呼ばれており、上原城からは二里しか離れていない。 わざわざ近隣の城を改修して移り住むには、相応の理由があるはずだった。 「……お前様、もしも何か事情がおありならば、それもすべて話していただけませぬか」 「いずれは知れることゆえ、隠し立てするつもりはなかったのだが、そなたには正直に話しておこう」 頼重は祖父から告げられた武田との縁組について話し始める。