連載
「新 戦国太平記 信玄」
第二章 敢為果断(かんいかだん)9 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

「では、武田家は海野平の合戦に、われらを先兵として送り込もうという魂胆だと?」
「そういった思惑もあろうが、それだけではあるまい。村上義清との盟約が成立し、首尾良く滋野一統を海野平から追い出せたならば、両者は佐久往還の一帯を新たな領地として分け合うことになる。埴科(はにしな)郡の葛尾(かつらお)城を本拠とする村上との境界は、おそらく小諸(こもろ)宿辺りとなるのではないか。それならば武田は佐久を手中に収め、上野(こうずけ)への道筋も開くことができる。だが、よく考えてみよ。滋野一統を海野平から追い出したとしても、海野棟綱の背後には誰がいるか?」
「あっ!……関東管領職(かんれいしき)の山内上杉(やまのうちうえすぎ)憲政(のりまさ)」
「もちろん、武田は山内上杉とも盟約を結んでいる。されど、村上は山内上杉と敵対する関係にあり、もしも海野棟綱が関東管領に哭(な)きついて兵を借りれば、精強な上野白旗一揆(しらはたいっき)の軍勢と戦わなければならなくなる。武田は佐久往還を手に入れ、その戦いを傍観しておればよいだけだ。いや、手が空いたならば、次の標的を狙うやもしれぬ。戦火の広がりそうな北国街道ではなく、西の三州(さんしゅう)街道へ出て行くこともできる」
「諏訪を経由して、小笠原(おがさわら)家の松本平(まつもとだいら)へ出張ると!?」
「そこまで考えることもできよう。いずれにしても、この諏訪が要衝となることに間違いはない。そこで信虎は兵力を使わず、縁組によって諏訪の一統を傘下に収めようとしておるのだ」
 頼満が老獪(ろうかい)な筋読みを披露する。
「なるほど、こたびの婚儀には、さような裏がありましたか」
「あの餒虎(だいこ)が暢気(のんき)に『当家と親戚となりたい』などと申し入れてくるわけがなかろう。諏訪一統の惣領(そうりょう)である頼重、そなたを娘婿とし、舅(しゅうと)として思い通りに使おうという魂胆だ」
「わかりました。充分、気をつけまする」
「いや、まだだ。この話の肝は、かようなところにあるのではない」
「……と、申されますると?」
「信虎は村上義清と誼を通じたがっているが、村上当人はさほど武田を信用しておらず、盟約を渋っている。まあ、先ほど申したように、信虎の魂胆が透けて見えておるゆえ、当然のことであろうがな」
 頼満は皮肉な笑みを浮かべる。
「……なにゆえ、お爺様がさようなことをご存じなので」
「この身が村上義清に確かめたからだ。あの漢(おとこ)とは知らぬ仲でもなく、一昨年の海ノ口城攻めがあった後から文のやり取りをしておる。その中ではっきりと記してあった。武田信虎は今ひとつ信用できぬ、とな。そこで当家が先に村上家と盟を結ぶことにした」
「えっ!?」
 頼重は驚きを隠せない。



 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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