「では、武田家は海野平の合戦に、われらを先兵として送り込もうという魂胆だと?」 「そういった思惑もあろうが、それだけではあるまい。村上義清との盟約が成立し、首尾良く滋野一統を海野平から追い出せたならば、両者は佐久往還の一帯を新たな領地として分け合うことになる。埴科(はにしな)郡の葛尾(かつらお)城を本拠とする村上との境界は、おそらく小諸(こもろ)宿辺りとなるのではないか。それならば武田は佐久を手中に収め、上野(こうずけ)への道筋も開くことができる。だが、よく考えてみよ。滋野一統を海野平から追い出したとしても、海野棟綱の背後には誰がいるか?」 「あっ!……関東管領職(かんれいしき)の山内上杉(やまのうちうえすぎ)憲政(のりまさ)」 「もちろん、武田は山内上杉とも盟約を結んでいる。されど、村上は山内上杉と敵対する関係にあり、もしも海野棟綱が関東管領に哭(な)きついて兵を借りれば、精強な上野白旗一揆(しらはたいっき)の軍勢と戦わなければならなくなる。武田は佐久往還を手に入れ、その戦いを傍観しておればよいだけだ。いや、手が空いたならば、次の標的を狙うやもしれぬ。戦火の広がりそうな北国街道ではなく、西の三州(さんしゅう)街道へ出て行くこともできる」 「諏訪を経由して、小笠原(おがさわら)家の松本平(まつもとだいら)へ出張ると!?」 「そこまで考えることもできよう。いずれにしても、この諏訪が要衝となることに間違いはない。そこで信虎は兵力を使わず、縁組によって諏訪の一統を傘下に収めようとしておるのだ」 頼満が老獪(ろうかい)な筋読みを披露する。 「なるほど、こたびの婚儀には、さような裏がありましたか」 「あの餒虎(だいこ)が暢気(のんき)に『当家と親戚となりたい』などと申し入れてくるわけがなかろう。諏訪一統の惣領(そうりょう)である頼重、そなたを娘婿とし、舅(しゅうと)として思い通りに使おうという魂胆だ」 「わかりました。充分、気をつけまする」 「いや、まだだ。この話の肝は、かようなところにあるのではない」 「……と、申されますると?」 「信虎は村上義清と誼を通じたがっているが、村上当人はさほど武田を信用しておらず、盟約を渋っている。まあ、先ほど申したように、信虎の魂胆が透けて見えておるゆえ、当然のことであろうがな」 頼満は皮肉な笑みを浮かべる。 「……なにゆえ、お爺様がさようなことをご存じなので」 「この身が村上義清に確かめたからだ。あの漢(おとこ)とは知らぬ仲でもなく、一昨年の海ノ口城攻めがあった後から文のやり取りをしておる。その中ではっきりと記してあった。武田信虎は今ひとつ信用できぬ、とな。そこで当家が先に村上家と盟を結ぶことにした」 「えっ!?」 頼重は驚きを隠せない。