連載
「新 戦国太平記 信玄」
第二章 敢為果断(かんいかだん)9 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

「……当家が村上義清と同盟?」
「さようだ。村上もそれには乗り気のようだ。あの者も諏訪の重要さを知っておるからな。だから、武田よりも先にわれらが盟を結ぶ」
「……それは、武田への裏切りになりませぬか?」
「なにゆえか。われらよりも後に武田が村上と盟を結んだならば、それはそれでよし。もし、盟約がならなかったとしても、われらは素知らぬ振りをしておればよい。村上義清との盟は、あくまでも密約だからな。わざわざ武田に伝えることもなかろう」
「されど、もしも、武田と村上が戦いとなったならば?」
「その時に、どちらと手を組むかを考えればよかろう。当家にとって、より利のある方に付けば良いだけだ」
 皺(しわ)だらけの顔を歪(ゆが)め、頼満が笑う。
「……武田と村上を両天秤にかけると」
 頼重はさらに驚愕(きょうがく)の面持ちとなった。 
「臆することはない。どちらと本気で盟友になるか、それを選択をする権利は、われらの側にある。よいか、頼重。これだけは言っておく」
「……はい」
「われら諏訪の一統は、武田の家臣ではない。今はやむなく盟を結んでいるが、いつまでも風下にいるつもりはない。諏訪家は代々、太古から軍神(いくさがみ)を祀(まつ)る諏訪大社の大祝(おおはうり)を務めてきた誉れ高き一族なのだ。その矜恃(きょうじ)だけは、なんとしても守り通さねばならぬ」
 頼満が言ったように、諏訪大社は信濃国の一宮であり、延喜式の神名帳(じんみょうちょう)にも南方刀美神社(みなかたとみのかむやしろ)と記され、日本最古の社のひとつといわれるほどの由緒がある。「神功(じんぐう)皇后の三韓出兵や坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)の東夷(とうい)平定にも諏訪大社の神助あり」と伝えられ、「関より東の軍神、鹿島(かしま)、香取(かとり)、諏訪の宮」と謡われる式内社(名神大社)とされた。
 そして、武門の守護神と崇(あが)められる大社の中で、諏訪家は大祝の職を世襲してきた。
 通常、祝は神道において神主や禰宜(ねぎ)に次ぐ神職とされているが、諏訪大社の場合、大祝は権祝(ごんのはうり)、擬祝(こりのはうり)、副祝(そえのはうり)の上に君臨する筆頭である。
「元々、当家は武田と戦い、信濃への侵攻を阻止してきたのだ。信虎が最初に諏訪へ攻め入ろうとした時も、この身とそなたの父が国境の神戸境川(ごうどさかいがわ)(諏訪郡富士見町)の合戦であ奴を撃退したのだ。われらの軍勢は決して武田に劣っておらず、むしろ頼隆(よりたか)の采配は信虎よりも勝っていた。そなたの父にあのようなことがなければ、武田との和睦など必要なかった」
 諏訪頼隆は頼満の長男であり、頼重の父である。



 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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