連載
「新 戦国太平記 信玄」
第二章 敢為果断(かんいかだん)19 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

「……いや、綺麗事を言うのは止めだ。大事なのは甲斐一国と武田一門が無事に存(ながら)えるということだ。家宰の座をめぐる争いなど、はっきり申せばどうでもよい。ただし、若をないがしろにする身勝手な奴らだけは、絶対に許さぬ」
「やっと本音を明かしてくれたな、信方」
 原昌俊は真っ直ぐに同輩を見つめる。
「このままでは甲斐一国と武田一門が潰れかねぬ。信方、そなたはそう思うているのではないか?」
「……その通りだ。甲斐一国と民の疲弊はすでに尋常のものではなく、このまま大飢饉(だいききん)と荒天が続けば、まことに国が潰れかねぬ。立て直しができるかどうか、その見通しすらも立っておらぬ時に、己の保身しか考えぬ輩(ともがら)がいるということに抑えがたい怒りを覚える! 断じて許せぬ!」
「やはり、そこまで深刻に捉えていたか。ここ数年、この身も同じような危惧を抱いてきた。そなたがその思いを貫き通すつもりならば、とことん付き合うてやらぬでもないぞ」
「昌俊……」
「何から始めるつもりだ?」
 原昌俊の問いに、信方はしばし口を噤(つぐ)む。
 それから意を決したように言葉を発する。
「そなたにもうひとつ相談しておかねばならぬ大事な事柄がある」
 信方は太原(たいげん)雪斎(せっさい)の話を最初に打ち明けるべきなのは、この漢(おとこ)だと咄嗟(とっさ)に決めていた。
「その顔からすると、よほどの話らしいな」
「二人で内々に話したい」
 そう言ってから、跡部(あとべ)信秋(のぶあき)の方に向き直る。 
「すまぬ、跡部。昌俊と二人きりにしてもらえぬか」
「承知いたしました」
 跡部信秋は二人の気配を読み、すぐに席を立つ。
 それに合わせて信方も立ち上がる。
「跡部、重ねてすまぬが、頼みがあるのだ。実は……」
「青木殿と飯田(いいだ)殿、双方の寄合を含め、動きを探っておけばよろしかろうか?」
 跡部信秋は表情も変えずに訊く。 
「……あ、ああ。頼めるか」
「そんなこともあろうかと思い、双方の寄合にはすでに手の者を入れてありまする。実は、さきほど駿河守(するがのかみ)殿が申されたことを報告しようと思うておりましたが、すでにご存じとはさすがにござりまする。寄合のことも含め、双方の動きについては、いつでも詳細にご報告できるようにしておきまする」
「それは助かる」
「加えて、駿河守殿。もしも、人手が必要とならば、いつでもお申し付けくだされ。晴信(はるのぶ)様の御初陣に加わった者どもをはじめとし、下の者たちをすぐにまとめまする。あれ以来、若君様をお慕いする者は日に日に増えておりますゆえ」
「さようか……。頼りにするぞ」
「お任せくださりませ。では、失礼いたしまする」
 微(かす)かな笑みを浮かべて頭を下げ、跡部信秋は室を出ていった。



 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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