「それがしの話を聞いていなかったのか。御屋形様の留守を預かっているのは、われらの寄合だ、それ以外は無用の集まりだ」 「……それは知りませなんだ」 二人のやり取りを、少し離れた処(ところ)から跡部信秋が見るともなく観察していた。 「して、向こうの寄合では何を話しておる」 飯田虎春は探りを入れるような眼で訊く。 「大した話はなかったかと。なんでも武川衆の筆頭は青木殿であるとか、何とか。それ以外の話は難しく、よくわかりませなんだ。ごうそんがどうたらこうたらとか。それにこたびは膳などの振舞もなかったので、早々にお暇(いとま)いたして、こちらに伺いました」 真面目な顔で飯富虎昌が嘯(うそぶ)く。 「さようか。ならば、もうよい。されど、今後は酒肴を当てにして寄合に来るでないぞ。そういう集まりではないのだ。いやしい奴め」 「……申し訳ありませぬ。今後は気をつけますゆえ、どうか土屋殿には内緒で」 飯富虎昌は拝むような仕草をしながら退散した。 小さく舌打ちをしながら、飯田虎春はその後姿を見ていた。 「飯田殿……」 その声で振り向くと、跡部信秋が後ろに立っている。 「跡部か。そなたも来ていたのか」 少し驚きながら、飯田虎春が答えた。 「申し訳ありませぬ。それがしも双方の寄合から誘いを受けましたので、興味を惹かれて参加してしまいました。飯富殿も申しておりましたが、われらのような末の末の者には、あまり事情が飲み込めておりませぬので、ついついお誘いのままに従ってしまいまする。飯田殿のお話で内実はわかりましたので、今後、気をつけまする」 「……おお、そうしてくれ」 「その上でお伝えしておきたいことがありまする」 「何だ」 「飯富殿は話を濁しておりましたが、青木殿の寄合ではかなり剣呑(けんのん)なことが話し合われておりました」 「剣呑とは、どういう意味か」 「向こうの寄合では、青木殿が武川衆の筆頭であり、土屋殿の家宰就任は認められぬとはっきり申しておりました。そのことを御屋形様に直訴するため、連判状への血判を募っておりました」 「まことか!?」 「まことにござりまする。家中の連判状だけでなく、郷の長(おさ)から愁訴状を集めており、御屋形様に直訴が届かねば嗷訴に及ぶかもしれぬとも申しておりました」 「なんと嗷訴まで画策しているのか」 飯田虎春の顔色が変わる。