青木一派と土屋一派の動きを止めるためには相応の支度が必要であり、それなりの時がかかる。 しかも、信虎の帰還は間近に迫っており、いかなる選択をするにせよ、信方は太原雪斎に子細を伝えなければならない。少なくとも早馬で書状をやり取りする時は必要だった。 すでに悩んでいられる限度を超えていた。 そんな時に晴信が訪ねてくる。 「板垣、ちょっとよいか」 「はい、何でござりましょう」 「新府に胡乱(うろん)な気配が充満している。何か、良くないことが起きそうな予感がするのだが」 晴信の言葉を聞き、信方は観念した。 ――やはり、若は気づいておられた。これ以上、黙っているわけにはいかぬ。この一命を賭すつもりで、すべてをお伝えしよう。 そう思い、肚を据えた。 「若、その通りにござりまする。新府に謀叛も同然の動きがあり、おそらく御屋形様の御帰還に合わせて蜂起すると思われまする」 「まことか!?」 晴信が眼を見開く。 「……そなたはいつからその動きを摑(つか)んでいたのだ?」 「御屋形様が駿府へ参られた直後にござりまする」 「いったい誰が謀叛など起こそうというのか」 「それには少々込み入った事情があり、それをすべて聞いていただかなければなりませぬ」 「板垣、さように悠長なことを申していてよいのか?」 「致し方ありませぬ。これは若にとっても正念場となる大事にござりますゆえ、腰を据えて聞いていただかねばなりませぬ。その上でご判断を仰ぎたいと存じまする」 いつになく思い詰めた様子の傅役を見て、晴信も事態の重大さを察知した。 「わかった。話を聞きたい」 晴信も姿勢を正し、信方に向き合った。