「あの漢は相当に使えるな。味方でよかったな。あの諜知(ちょうち)の能力は、敵とすれば厄介きわまりない」 原昌俊は薄く笑いながら言った。 「そうだな」 「して、相談とは何だ」 「昌俊、そなたには誤解を怖れずに包み隠さず話す。実は、数日前、太原雪斎殿と面談した」 その言葉には、さすがの原昌俊も驚きを隠せない。 「今川(いまがわ)家の軍師と!?……二人きりでか?」 「さようだ。若の師である岐秀(ぎしゅう)禅師と雪斎殿は同門の出であり、かの方を通じて内々に面会の打診があった。御屋形様がお留守という時期だけに、会うべきかどうか迷ったのだが、先方がどうしても伝えたい事柄があるというので、会うことにした。そこで、信じ難い話を聞かされた。すべてを話すので、心して聞いてくれ」 信方は長禅寺(ちょうぜんじ)で行われた会談の内容を詳しく原昌俊に伝える。 その話を聞きながら、原昌俊の顔が月のように青ざめていく。 「……なにゆえ、雪斎殿がここまでの話を打ち明けてくれたのかは、いくら考えてもわからぬ。されど、一貫して武田家の先行きと若のためだと申された。もちろん、それが今川家のためにもなると。もちろん、すべてを真に受けておるわけではないが、雪斎殿が罠を仕掛けてきたとも思えぬ。あれから誰にも話せずにいたのだが、さきほどのそなたの言葉を聞き、伝えるべきだと決めた」 信方は苦しげに声を絞り出す。 「まさか御屋形様が晴信様の廃嫡を他家で公言なされるとは……」 原昌俊は蒼白な顔で呟く。 「その上で小諸(こもろ)に城を普請する借財を申し込んだということだから、おそらく嘘ではあるまい。これまでだいぶ矢銭の無心をなさったとも聞かされたゆえ、廃嫡のための築城という大げさな話でも持ち出さねば、言い出せなかったのやもしれぬが」 「今川家からの借り受けの話ならば、それがしが一番よく存じておる。お願いの書状を出したのは、この身だからな。前(さき)の海野平(うんのだいら)の合戦だけではなく、なんやかやと理由をつけて兵粮(ひょうろう)や資財を借りている。飢饉のたびにな」 「やはり、そうであったか。それでも、家臣への禄(ろく)にまでは廻(まわ)らなかったということか」 「さようだ」 原昌俊は睫毛(まつげ)を伏せ、固く口唇を結ぶ。 苦い沈黙が二人を包む。 それを破るように、原昌俊が口を開く。 「晴信様の廃嫡までを聞かされ、そなたはどう考えておる。信方、遠慮なく本音を聞かせてくれ」