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連載
「新 戦国太平記 信玄」
第二章 敢為果断(かんいかだん)19 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

「あの漢は相当に使えるな。味方でよかったな。あの諜知(ちょうち)の能力は、敵とすれば厄介きわまりない」
 原昌俊は薄く笑いながら言った。
「そうだな」
「して、相談とは何だ」
「昌俊、そなたには誤解を怖れずに包み隠さず話す。実は、数日前、太原雪斎殿と面談した」
 その言葉には、さすがの原昌俊も驚きを隠せない。
「今川(いまがわ)家の軍師と!?……二人きりでか?」
「さようだ。若の師である岐秀(ぎしゅう)禅師と雪斎殿は同門の出であり、かの方を通じて内々に面会の打診があった。御屋形様がお留守という時期だけに、会うべきかどうか迷ったのだが、先方がどうしても伝えたい事柄があるというので、会うことにした。そこで、信じ難い話を聞かされた。すべてを話すので、心して聞いてくれ」
 信方は長禅寺(ちょうぜんじ)で行われた会談の内容を詳しく原昌俊に伝える。
 その話を聞きながら、原昌俊の顔が月のように青ざめていく。
「……なにゆえ、雪斎殿がここまでの話を打ち明けてくれたのかは、いくら考えてもわからぬ。されど、一貫して武田家の先行きと若のためだと申された。もちろん、それが今川家のためにもなると。もちろん、すべてを真に受けておるわけではないが、雪斎殿が罠を仕掛けてきたとも思えぬ。あれから誰にも話せずにいたのだが、さきほどのそなたの言葉を聞き、伝えるべきだと決めた」
 信方は苦しげに声を絞り出す。
「まさか御屋形様が晴信様の廃嫡を他家で公言なされるとは……」
 原昌俊は蒼白な顔で呟く。
「その上で小諸(こもろ)に城を普請する借財を申し込んだということだから、おそらく嘘ではあるまい。これまでだいぶ矢銭の無心をなさったとも聞かされたゆえ、廃嫡のための築城という大げさな話でも持ち出さねば、言い出せなかったのやもしれぬが」
「今川家からの借り受けの話ならば、それがしが一番よく存じておる。お願いの書状を出したのは、この身だからな。前(さき)の海野平(うんのだいら)の合戦だけではなく、なんやかやと理由をつけて兵粮(ひょうろう)や資財を借りている。飢饉のたびにな」
「やはり、そうであったか。それでも、家臣への禄(ろく)にまでは廻(まわ)らなかったということか」
「さようだ」
 原昌俊は睫毛(まつげ)を伏せ、固く口唇を結ぶ。 
 苦い沈黙が二人を包む。
 それを破るように、原昌俊が口を開く。
「晴信様の廃嫡までを聞かされ、そなたはどう考えておる。信方、遠慮なく本音を聞かせてくれ」



 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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