「御勅使川の合流であると?」 「さようにござりまする。この二つの川の合流が、すなわち竜王鼻。御勅使川は巨摩山地にある銅之小屋(どのこや)峠の辺りを源流とし、北東へ流れ出ておりますが、実はこの河も細いながら急流になっておりまして雨量が増えると途端に暴河へと変貌いたしまする。釜無川と同じように土石雑木を押し流し、そのまま竜王鼻へ到達いたしまする。御勅使川の暴走が釜無川の氾濫をさらに大きくしながら東の新府に向かって水害を広げていき、新府の西を流れる荒川の増水とも関係しますゆえ、その被害が甚大となりまする」 輿石市之丞は甲府盆地における水害の特徴を分かり易く解いてくれた。 「以前、御師から『竜の地名がつく水辺には氾濫が多い』と伺った覚えがある。ここは竜の中でも王の名を冠された場所であり、それだけ水勢の強い土地ということなのか」 晴信は小首を傾げる。 「暴河の姿が、すなわち竜。人の手では、なかなか御せぬという意味でもありましょう」 市之丞は言葉を付け加える。 「御せねば、いつまでも大雨の損害を覚悟せねばならぬ」 「されど、竜はただ災いをもたらすだけのものではありませぬ。氾濫による水害は確かに暮らしに打撃を与えますが、山から肥沃(ひよく)な土が運ばれ、豊かな扇状地を形成いたしまする。それが長い年月をかけて甲府盆地となり、この辺り一帯に葡萄(ぶどう)、桃、桜桃などの実りをもたらしておりまする。さらに甲斐の三御牧(みまき)も豊かな水利によって馬産地となりました」 「暴河にも功罪あり、か。ならば、もし、少しでも治水が進めば田畑、特に水田を増やすことができるということではないか。水利は充分にあるのだから、あとは智慧(ちえ)だ。せめて、甲斐の民が糊口(ここう)を凌(しの)げる作物が取れるくらいになればよいのだが、竜王の恵みで」 もう一度、晴信は周囲を見渡す。 「……武田の若君様がさように考えてくださるとは、まことに嬉(うれ)しゅうござりまする。岐秀(ぎしゅう)禅師様に洪水の元凶について尋ねたいと言われた時には、何のことであろうかと首を傾げましたが、治水を見据えた御検分であると知って安心いたしました」 市之丞は感慨深げに言う。 「まだ、治水を始めるには程遠いが、もっと竜王のことを知りたい。これからも協力してくれるか、輿石殿」 「もちろんにござりまする。されど、若君様。輿石殿とお呼びになるのは、お止めくださりませ。市之丞と呼び捨てにしていただいて結構にござりまする」 「だが……」 「こちらが恐縮してしまいますゆえ、どうか市之丞でお願いいたしまする」 「さようか……。では、市之丞。改めて、今後ともよろしく頼む」 晴信の申し入れに、輿石市之丞は嬉しそうに頷いた。 その様を、信方が見ながら訊く。