「ところで、市之丞。そなたら竜王の一族は石工衆であったな?」 「はい。われらはこの河原の石を選別し、石垣に適したものを集め、それを積み上げることを生業(なりわい)としておりまする。時には、一族に伝わる秘儀を使って巨石を切り出すこともありまする」 「ならば、築城の際に石垣を積むこともできるのだな」 「武田家の御下命とあらば、喜んでお手伝いいたしまする」 「これから、さような機会が訪れるやもしれぬゆえ、その時はよろしく頼む」 「承知いたしました」 「若、われらはそろそろ館へ戻らねばなりませぬ。評定がありますゆえ」 信方が帰還を促す。 「さようか」 晴信が高岩から下りた時、誰かが声をかけてくる。 「お取り込みのところ、失礼をばいたしまする」 その嗄(しわが)れた声に、三人が振り向く。 「少しばかり道に迷ってしまいまして」 声の主は、三人が一様に驚くほど異形の者だった。 歩荷(ぼっか)の出で立ちで、油焼けしたような色黒であり、隻眼なのか、右眼を黒い眼帯で覆っている。その顔を見ても年齢さえ推し量ることができない。加えて、外側に曲がった右足が不自由とみえ、右手に杖を握っていた。 「それがしは河内(かわうち)路を来ました行商の者にござりまするが、ここは逸見(へみ)路で間違いござりませぬか?」 「逸見路に相違ないが、そなたは駿河(するが)から来たのか?」 信方が相手を値踏みするように睨(ね)め付ける。 「はい。焼津(やいづ)で品物を届け、諏訪(すわ)から善光寺(ぜんこうじ)へ巡り、何か良き物を仕入れられないかと思うておりまする。諏訪はどちらの方角になりますでしょうか?」 「このまま北西へ向かえば諏訪だ。されど、そなたは何を商うておる?」 信方は明らかに行商の者という言葉を疑っていた。 「これと決まった物はござりませぬ。諸国を巡り、各地で産する良き物を探し、それを入り用の方々にお売りする商売にござりまする。かような形貌(なりかたち)ゆえ忌み嫌われることも多(おお)ござりますが、とにかく目利きだけが取り柄のしがない行商にござりまする」 「各地で産する良き物か。ならば、これまで巡った諸国の名産が頭の中に入っているということか」 「はい、大体は」 「ふうん、変わった商いもあるものだな」 「それしか生きる術(すべ)が見つからなかったもので」 異形の歩荷が笑顔をつくると、鬚(ひげ)に覆われた口元から乱杭歯が現れる。