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連載
「新 戦国太平記 信玄」
第二章 敢為果断(かんいかだん)16 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

「ところで、市之丞。そなたら竜王の一族は石工衆であったな?」
「はい。われらはこの河原の石を選別し、石垣に適したものを集め、それを積み上げることを生業(なりわい)としておりまする。時には、一族に伝わる秘儀を使って巨石を切り出すこともありまする」
「ならば、築城の際に石垣を積むこともできるのだな」
「武田家の御下命とあらば、喜んでお手伝いいたしまする」
「これから、さような機会が訪れるやもしれぬゆえ、その時はよろしく頼む」
「承知いたしました」
「若、われらはそろそろ館へ戻らねばなりませぬ。評定がありますゆえ」
 信方が帰還を促す。
「さようか」
 晴信が高岩から下りた時、誰かが声をかけてくる。
「お取り込みのところ、失礼をばいたしまする」
 その嗄(しわが)れた声に、三人が振り向く。
「少しばかり道に迷ってしまいまして」
 声の主は、三人が一様に驚くほど異形の者だった。
 歩荷(ぼっか)の出で立ちで、油焼けしたような色黒であり、隻眼なのか、右眼を黒い眼帯で覆っている。その顔を見ても年齢さえ推し量ることができない。加えて、外側に曲がった右足が不自由とみえ、右手に杖を握っていた。
「それがしは河内(かわうち)路を来ました行商の者にござりまするが、ここは逸見(へみ)路で間違いござりませぬか?」
「逸見路に相違ないが、そなたは駿河(するが)から来たのか?」
 信方が相手を値踏みするように睨(ね)め付ける。
「はい。焼津(やいづ)で品物を届け、諏訪(すわ)から善光寺(ぜんこうじ)へ巡り、何か良き物を仕入れられないかと思うておりまする。諏訪はどちらの方角になりますでしょうか?」
「このまま北西へ向かえば諏訪だ。されど、そなたは何を商うておる?」
 信方は明らかに行商の者という言葉を疑っていた。
「これと決まった物はござりませぬ。諸国を巡り、各地で産する良き物を探し、それを入り用の方々にお売りする商売にござりまする。かような形貌(なりかたち)ゆえ忌み嫌われることも多(おお)ござりますが、とにかく目利きだけが取り柄のしがない行商にござりまする」
「各地で産する良き物か。ならば、これまで巡った諸国の名産が頭の中に入っているということか」
「はい、大体は」
「ふうん、変わった商いもあるものだな」
「それしか生きる術(すべ)が見つからなかったもので」
 異形の歩荷が笑顔をつくると、鬚(ひげ)に覆われた口元から乱杭歯が現れる。



 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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