「えっ!?……あ、何の話でござりましたか」 「御屋形様の駿府行きの話だ。日程は探れるのか?」 「ええ、まあ、探れぬこともござりませぬ。それよりも、会合を開いて、足許を固めておいた方がよろしいのではありませぬか。昌遠殿が御屋形様のお供で駿府へ参られる間、青木殿と駒井殿の動きが気になりまする」 「……さようか。ならば、すぐに招集しよう」 「ところで、甘利の件は、いかがにござりまするか?」 飯田虎春の問いに、柳沢信興が顔をしかめる。 「何度か誘うてみたのだが、なんのかのと理由をつけ、参加を拒んでくる」 「それは、よくありませぬな」 飯田虎春は柳沢信興の耳元へ口を寄せる。 「こたび御屋形様が駿府へ参られるのは、信繁様を正式に跡継ぎとされることを今川義元(よしもと)殿へお伝えするためではありませぬか。つまり、晴信様の廃嫡を明らかになさるため、かと。それに昌遠殿が同行なさるとなれば、家宰の任命は決まったも同然。ならば、われらの陣営に甘利を抱き込んでおくことが肝要にござりまする」 虎春の囁きに、柳沢信興が大きく頷く。 「なるほど、その通りかもしれぬな」 「とにかく、あらゆる手を使うて懐柔いたしましょう」 飯田虎春は狐(きつね)のように眼を細めながら囁いた。 武田信繁の初陣が終わり、様々な思惑を秘めた画策が家中で蠢(うごめ)き始めていた。 信方はそれをひしひしと肌で感じていたが、あえて素知らぬ振りをした。 「若、信繁様と何をお話しになられておりました?」 さりげない口調で晴信に訊く。 「ああ、信繁が御師様の話を伺いに行きたいと申したので、機会を見つけようということになった」 「さようにござりまするか」 「そなたと甘利で日程の都合をつけてくれぬか」 「はい。信繁様の御初陣が終わりましたならば、甘利と一献汲み交わそうということになっておりましたので、ちょうどよかった。話をしておきまする」 「頼む。治水のことについても、もっとお話を聞きたい。唐の治水法などについて」 「承知いたしました」 信方も嬉しそうに頷く。 晴信と信繁の関係が改善の兆しを見せ、内心ほっとしていた。