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連載
「新 戦国太平記 信玄」
第二章 敢為果断(かんいかだん)16 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

「えっ!?……あ、何の話でござりましたか」
「御屋形様の駿府行きの話だ。日程は探れるのか?」
「ええ、まあ、探れぬこともござりませぬ。それよりも、会合を開いて、足許を固めておいた方がよろしいのではありませぬか。昌遠殿が御屋形様のお供で駿府へ参られる間、青木殿と駒井殿の動きが気になりまする」
「……さようか。ならば、すぐに招集しよう」
「ところで、甘利の件は、いかがにござりまするか?」
 飯田虎春の問いに、柳沢信興が顔をしかめる。
「何度か誘うてみたのだが、なんのかのと理由をつけ、参加を拒んでくる」
「それは、よくありませぬな」
 飯田虎春は柳沢信興の耳元へ口を寄せる。
「こたび御屋形様が駿府へ参られるのは、信繁様を正式に跡継ぎとされることを今川義元(よしもと)殿へお伝えするためではありませぬか。つまり、晴信様の廃嫡を明らかになさるため、かと。それに昌遠殿が同行なさるとなれば、家宰の任命は決まったも同然。ならば、われらの陣営に甘利を抱き込んでおくことが肝要にござりまする」
 虎春の囁きに、柳沢信興が大きく頷く。
「なるほど、その通りかもしれぬな」
「とにかく、あらゆる手を使うて懐柔いたしましょう」
 飯田虎春は狐(きつね)のように眼を細めながら囁いた。
 武田信繁の初陣が終わり、様々な思惑を秘めた画策が家中で蠢(うごめ)き始めていた。
 信方はそれをひしひしと肌で感じていたが、あえて素知らぬ振りをした。
「若、信繁様と何をお話しになられておりました?」
 さりげない口調で晴信に訊く。
「ああ、信繁が御師様の話を伺いに行きたいと申したので、機会を見つけようということになった」
「さようにござりまするか」
「そなたと甘利で日程の都合をつけてくれぬか」
「はい。信繁様の御初陣が終わりましたならば、甘利と一献汲み交わそうということになっておりましたので、ちょうどよかった。話をしておきまする」
「頼む。治水のことについても、もっとお話を聞きたい。唐の治水法などについて」
「承知いたしました」
 信方も嬉しそうに頷く。
 晴信と信繁の関係が改善の兆しを見せ、内心ほっとしていた。



 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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