「信繁……」 晴信はあえて何かを吹っ切るように声を張る。 「初陣の勝利、おめでとう。素晴らしい戦働きであったな」 「あ、ありがとうござりまする」 そう答えながら、信繁の顔に小さな笑みの花が咲く。 「何も……何もしてやれず、すまなかった」 つとめて素直に己の心情を吐露しながら、晴信が頭を下げる。 「いえ、そんなことはありませぬ。兄上に新府をお守りいただいたゆえ、心置きなく戦えました。感謝しておりまする」 「さように思うてもらえるのは嬉しい」 「まことにござりまするか」 「ああ、まことだ」 「兄上……」 信繁が意を決したように言葉を続ける。 「……今度、岐秀禅師様の講話を伺いに行きとうござりまする。初めて実戦を体験し、やはり兵法の勉強が大事と感じました。是非、兄上と一緒に孫子(そんし)のお話を聞きとうござりまする」 その申し入れに、晴信は戸惑う。 ――父上にお許しを……。 そんな言葉が頭をよぎるが、咄嗟(とっさ)にそれを吞み込む。 「そうだな。孫子だけではなく、御師様の話はいずれも深く、とても為になる。近いうちに行けるとよいな」 「お願いいたしまする!」 信繁が勢いよく頭を下げる。 「そなたの都合などを含め、子細は板垣と甘利に調整してもらおう」 「はい」 「では、その時にな」 晴信は笑みを浮かべながら、弟の肩に手を置く。 二人を見守っていた信方と甘利虎泰が安堵(あんど)したように息をついた。 そして、もう一人。遠くから晴信と信繁を気にしている者がいた。 柳沢(やなぎさわ)信興(のぶおき)と話をする振りをしながら、横目で様子を窺っていた飯田(いいだ)虎春(とらはる)である。 ――何を話しているのであろうか。信繁様の方から近寄っていかれたようだが……。 飯田虎春は眉をひそめる。 ――これまでは互いを避けるが如く、言葉も交わしていなかったはずだが。御屋形様にご報告申し上げた方がよいかもしれぬ。 「虎春、聞いておるのか?」 柳沢信興が苛立(いらだ)った声で訊く。