連載
「新 戦国太平記 信玄」
第二章 敢為果断(かんいかだん)16 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

「信繁……」
 晴信はあえて何かを吹っ切るように声を張る。
「初陣の勝利、おめでとう。素晴らしい戦働きであったな」
「あ、ありがとうござりまする」
 そう答えながら、信繁の顔に小さな笑みの花が咲く。
「何も……何もしてやれず、すまなかった」
 つとめて素直に己の心情を吐露しながら、晴信が頭を下げる。
「いえ、そんなことはありませぬ。兄上に新府をお守りいただいたゆえ、心置きなく戦えました。感謝しておりまする」
「さように思うてもらえるのは嬉しい」
「まことにござりまするか」
「ああ、まことだ」
「兄上……」
 信繁が意を決したように言葉を続ける。
「……今度、岐秀禅師様の講話を伺いに行きとうござりまする。初めて実戦を体験し、やはり兵法の勉強が大事と感じました。是非、兄上と一緒に孫子(そんし)のお話を聞きとうござりまする」
 その申し入れに、晴信は戸惑う。
 ――父上にお許しを……。
 そんな言葉が頭をよぎるが、咄嗟(とっさ)にそれを吞み込む。
「そうだな。孫子だけではなく、御師様の話はいずれも深く、とても為になる。近いうちに行けるとよいな」
「お願いいたしまする!」
 信繁が勢いよく頭を下げる。
「そなたの都合などを含め、子細は板垣と甘利に調整してもらおう」
「はい」
「では、その時にな」
 晴信は笑みを浮かべながら、弟の肩に手を置く。
 二人を見守っていた信方と甘利虎泰が安堵(あんど)したように息をついた。
 そして、もう一人。遠くから晴信と信繁を気にしている者がいた。
 柳沢(やなぎさわ)信興(のぶおき)と話をする振りをしながら、横目で様子を窺っていた飯田(いいだ)虎春(とらはる)である。
 ――何を話しているのであろうか。信繁様の方から近寄っていかれたようだが……。
 飯田虎春は眉をひそめる。
 ――これまでは互いを避けるが如く、言葉も交わしていなかったはずだが。御屋形様にご報告申し上げた方がよいかもしれぬ。
「虎春、聞いておるのか?」
 柳沢信興が苛立(いらだ)った声で訊く。



 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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