それから数日を経た夕刻、飯富虎昌が信方の屋敷を訪ねてくる。 「駿河守(するがのかみ)殿、お約束通り、勝負にまいりました」 飯富虎昌は両手に提げた三つの徳利を持ち上げて笑う。 「意中の御方もお連れしましたぞ」 その後ろに、甘利虎泰が立っていた。 「ざ、戯れるな、虎昌。よく来てくれたな、甘利」 信方は二人を歓迎する。 「お邪魔いたしまする」 甘利虎泰が肴(さかな)と思しき包みを私ながら言う。 三人は久しぶりに盃を交えた。 最初はどこかぎこちなかったが、近習(きんじゅう)の頃の懐かしい失敗談などをしながら次第に打ち解けていく。 そして、やがて話が海野平の合戦に及んでいった。 「駿河殿、土屋殿が評定の席で、いかにも己らが神川(かんがわ)を渡って敵の先陣へ攻め寄せたが如く語っておられましたが、何のことはない、無理な渡河を命じられ、真っ青な面で敵に一番槍をつけたのは、この虎昌にござりまする」 甘利虎泰が飯富虎昌の背中を叩きながら笑う。 「……備前(びぜん)殿、真っ青な面は、余計じゃ。確かに、血の気は引いていたが」 虎昌が横目で睨(にら)む。 「かく申される備前殿も一騎にて、敵の先陣大将、海野幸義に突きかかっていかれたではありませぬか。敵中一騎駆けとは、見ているこちらの肝が冷えましたぞ」 「まあな。信繁様をお守りするためにも、早く敵の先陣を崩した方がよかったからな」 甘利虎泰が当然といった表情で盃を干す。 ――やはり、真っ先に死地へ飛び込んでいったのは、この二人であったか。そうではないかと思うておったが……。 信方は二人を見ながら思った。 「確かに横槍を入れたのは、武川衆の者どもでありましたが、己が海野幸義を討ち取ったような口振りはどうかと思いまする」 飯富虎昌が不満そうにぼやく。 「まあ、そう言うな。確かに、間尺に合わぬ戦ではあったがな」 甘利虎泰も口唇を歪(ゆが)める。 「甘利、それはいかなる意味か?」 信方が問う。 「信繁様の御初陣ゆえ、あまり愚痴はこぼしたくないのだが、こたびの戦は村上にしてやられたという思いが拭いきれませぬ。向こうは、ほとんど何の労もなく城二つを落としておりますが、われらはまだ大した実利を得ておりませぬ」 「武田が利用されたということか?」 「敵の眼を引きつけるための餌にされたのではないかという考えが払拭できませぬ。もっとも、それは戦が終わり、しばらくしてから気づいたことにござりまするが」 甘利虎泰は自嘲気味に呟く。 「それで、間尺に合わぬと」 信方は厳しい表情で盃を干した。