連載
「新 戦国太平記 信玄」
第二章 敢為果断(かんいかだん)4 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

「……わたくしもお前様にお伝えしなければならないことがありました」
「何であるか?」
「実は朝霧様のご侍女であった立花(たちばな)殿から、やっと文が届きました。こちらから何度も送っておりましたが、これまで一度も御返書をいただけませんでした。されど、数日前に突然、武蔵からの文が届き、朝霧様の三回忌が滞りなく終わったとお知らせいただきました」
「あっ! 三回忌は今年ではなかったのか……」
 信方の顔色が変わる。
 明らかに朝霧姫の法要を失念していたという面持ちだった。
 三回忌の法要は、逝去した翌々年に営まれる。つまり、去年の暮れのはずだった。
「晴信様に頼まれ、昨年、当方からお供え物の香を送っておきました」
「若がそなたに?」
「はい。折り入って直々の頼みがあると仰せになられまして」
「それがしに内緒でか?」
「はい、晴信様が申されるには、武田の名義ではお供え物を受けとってもらえぬ恐れもあるので、わたくしの名義で立花殿へ送ってほしいとのことにござりました。加えて、恥ずかしいゆえ、お前様にも内緒にしてくれと」
「なんと、水くさきことを……」 
「積翠寺(せきすいじ)のお墓へも一人でお参りなされ、花を手向けたそうにござりまする。晴信様にも深く思うところがあり、独りで静かにお祈りなされたかったのではありませぬか。それをお前様に説明するのも照れくさかったのでありましょう」
「そういうことか……」
 信方は神妙な面持ちで俯(うつむ)く。
 晴信がそのような思いになることが理解できたからだ。
「その話はさておき、お前様にお伝えしなければならぬ大事なお話がありまする。立花殿からの御返書には書状が添えられており、お前様にお渡ししてほしいと記してありました」
「こちらから問い合わせをいたした件か?」
「書状はお前様宛ゆえ開封しておりませぬ。されど、何度も言われた通りに文を出しましたので、おそらく、そのことに対するご返答ではないかと思いまする」
「さようか。ならば、その書状をすぐに持ってきてくれぬか」
「わかりました。少しお待ちくだりませ」
 藤乃は書状を取りに行く。
 ――朝霧姫様が亡くなった時の経緯を訊ねてきたが、やっと立花殿から返事がきたか。ずいぶんと時がかかったものだ。つまり、それだけ、内容が重いということか。
 信方は腕組みをしながら小さく唸(うな)る。



 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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