常磐はじっとその顔を見つめる。それから、再び両手をついて平伏した。 「有り難き御言葉を頂戴いたしました。そのまま、お伝えさせていただきまする。慶子様におかれましては、甲斐へお輿入れなさることを愉しみになされており、連日、武門の仕来りや所作などを一生懸命に学ばれておりまする。初めて参られる処ゆえ、至らぬこともあるかと存じますが、どうか末永く、仲むつまじく、おわされますよう御願い申し上げまする」 「こちらこそ、よろしくお願いいたしまする。重ねて、慶子殿にお会いする日が待ち遠しいとお伝えくだされ」 「謹んで承りまする」 「ときに常磐殿。何か甲斐で気になることはなかろうか?」 晴信の問いに、侍女頭は即答する。 「この機会に、お屋敷の様子など拝見させていただければ幸いにござりまする。特に、湯殿や御寝所などを」 「なるほど。であらば、ここにいるそれがしの傅役、板垣(いたがき)信方に何なりと申してくだされ」 その言葉を聞き、思わず信方が横目で睨む。 ――い、いきなり侍女頭の接遇役などとは……。聞いておらぬ! 「有り難うござりまする。板垣殿、よろしくお願いいたしまする」 常磐が有無を言わせぬ仕草で頭を下げる。 「こちらこそ。何なりと、申されよ」 信方が胸を反らして受け答えた。 「常磐殿、長旅にてお疲れであろうから、まずは宿所にて少し休まれてはどうだろうか」 晴信が一息入れることを提案する。 「御言葉に甘えさせていただきまする」 常磐も快諾し、侍女の一行は近習に案内されて宿所へ向かった。 その後姿が見えなくなったことを確かめてから、晴信は胡座(あぐら)をかき直し、大きく伸びをする。 「はあぁ、緊張した。一挙手一投足を値踏みされているようで息が詰まるかと思うたぞ」 「緊張していたのは、若だけではありますまい。常磐殿も侍女たちも相当にしゃちほこばっておりましたぞ」 「まことに?」 「ええ、進物を差し出した侍女の指先が震えておりました。笛を差し出す時の常磐殿も同様。少し手元がおぼつかないように見えましたが」 「板垣、そなたはさような処ばかり見ていたのか」 「まあ、それが役目にござりますれば」 「慌てるこの身を見て、心中でほくそ笑んでいたのか?」 「滅相もござりませぬ。余計なことを申せば差出口(さしいでぐち)になりますゆえ、控えさせていただきました」 信方は半笑いで両手を振る。 「まったく意地が悪いな」 晴信はとぼけた傅役を睨む。