「それよりも、若。いきなり侍女たちの接遇役とは聞いておりませぬぞ。若こそ、強引すぎませぬか」 「主のこの身が自ら屋敷を案内して廻るわけにもまいるまい。今から、さような為体では、夫の沽券(こけん)にかかわるではないか」 「ならば、近習の誰かを付けてやればよいではありませぬか」 「近習では臆して相手になるまい。ここは年の功、風格、貫禄を鑑みて、そなたしか適任の者はおらぬのではないか」 「世辞を申されても騙(だま)されませぬぞ。難儀な役目ばかり押しつけて」 「難儀だから、最も信頼できるそなたに頼んでいるのではないか。甲斐や武田家の体面に関わることだからな。礼を失した扱いをすれば、途端に京で悪い評判が立つのではないか」 「まあ、それはそうかもしれませぬが……」 「ともあれ、無事に済んでよかった。初回としては上出来であろう」 晴信は安堵(あんど)したように息を吐いてから、感慨深げに言葉を続ける。 「されど、思うていたのとは、まったく違ったな」 「何がで、ござりまするか?」 「常磐殿の印象というか、態度というか……」 「いかように予想しておられましたのか」 「公卿の姫の侍女頭といえば、当人も公家の出自で貴人なのであろう。しかも、都から参られると聞き、何というか、もっと高飛車な女人を想像していた。京言葉を使い、平気で人を見下すような」 「なるほど。して、実際にはどのように感じられましたか?」 「真摯(しんし)というか……どこか、健気(けなげ)な感じもした」 「健気、なるほど。常磐殿も事前に武家の言葉遣いなどを学ばれてきたようであり、慶子様が婚儀の前に武門の仕来りや所作などを一生懸命に学ばれているという言葉にほだされましたか」 「まあ、さようなところか」 「ふふ……」 信方が視線を逸らしながら含み笑いする。 「……まんまと相手の策に嵌まっておりまするな。さようにうぶな考え方では、輿入れ早々から尻に敷かれまするぞ。女人は一緒になる直前まで健気に振舞い、奥方の座についてからは最大の難敵となるものにござりまする。時が経てば、健気の欠片(かけら)も見出せなくなりまする。若はまだ、そこのところがわかっておりませぬな。まあ、こればかりは夫婦(めおと)の機微。岐秀禅師に習うわけにもまいりませぬゆえ、しっかりと経験を積まねば」 得意げな面持ちとなった傅役を見て、晴信は歯嚙みする。