連載
「新 戦国太平記 信玄」
第二章 敢為果断(かんいかだん)21 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

   十八 

 今川家の使者が長禅寺を訪れた翌日、三人の漢(おとこ)が躑躅ヶ崎館に向かっていた。
 先頭を歩くのは原(はら)昌俊(まさとし)であり、その後を青木(あおき)信種(のぶたね)と駒井(こまい)信為(のぶため)が付いていく。
「加賀守(かがのかみ)殿、そなたから面談の申し出があるとは少々驚きましたが、われらも話をしたいと思うておりましたゆえ、まさに渡りに船でござる」
 駒井信為が原昌俊に話しかける。
「それはようござった。何やら新府に不穏な風聞も流れておりましたので、是非に御二方とお話をしておかねばと考えた次第で」
「ならば、青木殿の屋敷でもよかったのだが」
「いえいえ、他にも是非お話を伺いたいという者たちがおりましたゆえ、当方で取りまとめておきました。その方が青木殿も都合がよろしかろうと」 
 原昌俊の言葉を聞き、青木信種に笑みが浮かぶ。 
「加賀守殿がわざわざ取りまとめを。それは有り難し」
 完全に陣馬(じんば)奉行が己の陣営に擦り寄ってきたと信じこんでいた。
「それなりの人数となっておりますので大広間の方へ」
 昌俊はいつもの評定が行われる場所へと二人を導く。
 そこへ入った途端、青木信種と駒井信為が立ち竦む。
「えっ!?」
 青木信種が大広間に居並ぶ面々を見回す。
「こ、これは、いかなる……」
 まるで御前評定でもあるかように、主だった家臣たちが座している。武川(むかわ)衆の土屋一派以外の面々だった。
 そして、大上座には、晴信とそれを補佐する板垣信方の姿があった。
「……な、なんの真似であるか、これは。……加賀守殿、それがしをたばかったのか?」
 青木信種は当惑しながら原昌俊を見る。
「たばかる?……これは異なことを申される。新府に謀叛(むほん)も同然の動きがあると聞き、話の真偽を確かめたいという家臣が集まっているだけにござる。それがしも陣馬奉行として見過ごせぬと思いましたゆえ、なるべく穏便に話を伺いたいと手配りしたまで」
「さ、されど、なにゆえ、晴信様が大上座におられる。さように勝手なことを、御屋形様がお許しになるとでも……」
「重ねて何を申されるか、青木殿。御屋形様がお留守である今、後事を預かるのはご長男であらせられる晴信様。つまり、これは当然のお務め。われら留守居番の家臣がそれを補佐せねばならぬのは、これまた至極当然のこと。しかも、話が謀叛も同然の動きに及ぶとならば、御裁可できるのは御屋形様を除き、晴信様しかおりますまい」
 原昌俊はこともなげに言う。
「……む、謀叛も同然とは、聞き捨てなりませぬ。わ、われらは武川衆の内々のことについて、御屋形様に嘆願申し上げようと考えていただけ。さ、さような沾衣(ぬれぎぬ)を着せられるのは心外にござる」
 明らかに青木信種は動揺していた。
 少し後ろに控えていた駒井信為は、俯(うつむ)きながらも様子を窺(うかが)っている。
 晴信は背筋を伸ばし、二人の様子を真っ直ぐに見つめていた。



 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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