「かたじけなし」 晴信は頷きながら言葉を続ける。 「ということだ。青木殿、他に何か心配事はないか?」 「えっ!?……ああ……ええと」 しきりに頭を振り、青木信種は状況を理解しようとする。 しかし、すぐには受け止められないようだった。 「……御屋形様が……御屋形様がお許しになるわけが……」 青木信種が茫然と呟く。 それを聞いた信方が我慢できずに口を開いてしまう。 「われらが望んでいるのは、あくまでも甲斐と武田一門の立て直しなのだ。そのために内乱も起こさず、なるべく血も流さぬ代替わりを達成せねばならぬ。ここまで領国の立て直しに手をこまぬいてこられた御屋形様には、もはや御選択の余地はないのだ。御隠居していただく以外に」 「さ、されど、それこそ……謀叛……ではないか」 「謀叛など、望んでおらぬ。あくまでも代替わり徳政を行うための惣領の移譲だ」 信方が言い張る。 「……それは……体のいい……屁理屈ではないか」 青木信種も抵抗を試みた。 それを見て、顔色を失った駒井信為が囁(ささや)きかける。 「お待ちくだされ、信種殿。少し落ち着きましょう」 「されど……されど……」 「落ち着いて、周りをご覧あれ。もしも、われらがこの席を蹴って立ち上がれば、生かして帰さぬという眼をした者たちばかりにござりまする」 その言葉で正気に返り、青木信種は恐る恐る左右を見回す。 そこには晴信と同じく覚悟を秘めた厳しい顔つきの家臣たちが並んでいた。 「……これだけの家臣が集まり、さきほどの事柄に賛同しているのならば、われらの負けにござりまする。信種殿、生き残るためにも、晴信様の申し出を受けましょう」 「も、申し出を?……な、なんであったかな」 喉を締めつけるほど強ばった空気に、青木信種は完全に吞まれていた。 「晴信様は、信種殿を武川衆の筆頭に、と申されておるのだ。それを受け、協力するしかありませぬ」 「ああ?……ああ、それで……何をすればよいのだ?」 「では、ここからの折衝は、それがしにお任せくだされ」 「……わかった」 「信種殿に代わり、それがしに話をさせていただけませぬか」 すっかり観念した様子の駒井信為が申し出る。 「構わぬ。駒井殿、疑問があれば、何なりと訊いてくれ」 晴信はすぐに願いを受け入れた。 「さきほど、武川衆をまとめるために協力せよと申されましたが、実際、いかように代替わりを進めるのかをお聞かせいただけませぬか」 駒井信為の問いに、信方が割って入る。