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連載
「新 戦国太平記 信玄」
第二章 敢為果断(かんいかだん)21 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

「この後、すぐ……」
 呟きをもらしたまま硬直する青木信種に、駒井信為が再び囁きかける。
「信種殿、悪い話ではありませぬ」
「えっ?……ああ」
「晴信様が御屋形様に御隠居を願うという志は、われらが立てた直訴の志と変わりありませぬ」
「…………」
「ただし、われらと志は同じにござるが、晴信様たちは遥かに熾烈(しれつ)な覚悟で御屋形様に相対そうとなされておりまする。残念ながら、われらにそこまで踏み切る蛮勇はありませなんだ。されど、志に賛同してくれた者たちの気持ちを無駄にせぬためにも、ここは協力すべきではありませぬか。武川衆を離散させぬためにも」
「……ああ……そうかもしれぬな」
 肩を落とした青木信種が力なく答える。
 声をひそめた二人の会話を、一同が凝視していた。
 しばらくの静寂があった後、信方が念を押す。
「青木殿、まことに、それでよろしいか?」 
「……わかり申した。お手伝い……させていただきまする」
 やっと観念し、青木信種も頷いた。
 その答えを聞き、大広間に微かな安堵(あんど)の溜息が広がる。ほんのわずかだが、場の空気も緩んだ。
 それほど集まった家臣たちも緊張していたということである。
「よろしく頼む、青木殿」
 晴信も初めて笑みを見せた。
 そんな中、信方だけは表情を緩ませない。
「武川衆の協力が得られたことで、やっと、われらの志を貫くための起点に立つことができた。されど、ここからがまことの正念場となる。この後の動きについて子細な説明を行うゆえ、皆、心して聞いてくれ」
 再び一同が静まりかえり、信方の話に聞き入った。
 あらかたの確認が終わり、原昌俊が晴信に申し出る。
「晴信様、ひとつお願いがござりまする」
「何であろう、加賀守」
「それがしに青木殿の付き添いを任せていただけませぬか」
「付き添い?……それは、いかなる意味であろうか?」
 微かに眉をひそめ、晴信が訊く。
 誰もが付き添いとは方便で、武川衆の監視役のことだろうと思っていた。
「言葉通りの意味にござりまする。決して監視をしたいなどとは思うておりませぬ。種々、事情があったとはいえ、それがしは半ば騙(だま)し討ちのような形で青木殿をこちらにお連れいたしました。御当人も内心、ご立腹のことと存じまする。それゆえ、もう少しだけ、お話をさせていただきとうござりまする」
 原昌俊は神妙な面持ちで言う。



 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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