「この後、すぐ……」 呟きをもらしたまま硬直する青木信種に、駒井信為が再び囁きかける。 「信種殿、悪い話ではありませぬ」 「えっ?……ああ」 「晴信様が御屋形様に御隠居を願うという志は、われらが立てた直訴の志と変わりありませぬ」 「…………」 「ただし、われらと志は同じにござるが、晴信様たちは遥かに熾烈(しれつ)な覚悟で御屋形様に相対そうとなされておりまする。残念ながら、われらにそこまで踏み切る蛮勇はありませなんだ。されど、志に賛同してくれた者たちの気持ちを無駄にせぬためにも、ここは協力すべきではありませぬか。武川衆を離散させぬためにも」 「……ああ……そうかもしれぬな」 肩を落とした青木信種が力なく答える。 声をひそめた二人の会話を、一同が凝視していた。 しばらくの静寂があった後、信方が念を押す。 「青木殿、まことに、それでよろしいか?」 「……わかり申した。お手伝い……させていただきまする」 やっと観念し、青木信種も頷いた。 その答えを聞き、大広間に微かな安堵(あんど)の溜息が広がる。ほんのわずかだが、場の空気も緩んだ。 それほど集まった家臣たちも緊張していたということである。 「よろしく頼む、青木殿」 晴信も初めて笑みを見せた。 そんな中、信方だけは表情を緩ませない。 「武川衆の協力が得られたことで、やっと、われらの志を貫くための起点に立つことができた。されど、ここからがまことの正念場となる。この後の動きについて子細な説明を行うゆえ、皆、心して聞いてくれ」 再び一同が静まりかえり、信方の話に聞き入った。 あらかたの確認が終わり、原昌俊が晴信に申し出る。 「晴信様、ひとつお願いがござりまする」 「何であろう、加賀守」 「それがしに青木殿の付き添いを任せていただけませぬか」 「付き添い?……それは、いかなる意味であろうか?」 微かに眉をひそめ、晴信が訊く。 誰もが付き添いとは方便で、武川衆の監視役のことだろうと思っていた。 「言葉通りの意味にござりまする。決して監視をしたいなどとは思うておりませぬ。種々、事情があったとはいえ、それがしは半ば騙(だま)し討ちのような形で青木殿をこちらにお連れいたしました。御当人も内心、ご立腹のことと存じまする。それゆえ、もう少しだけ、お話をさせていただきとうござりまする」 原昌俊は神妙な面持ちで言う。