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連載
「新 戦国太平記 信玄」
第二章 敢為果断(かんいかだん)21 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

「そのことについては、それがしから説明しとうござりまする。晴信様、よろしゅうござりまするか?」
「頼む」
 晴信が頷く。
「有り難き仕合わせ。皆にも子細を話すのは初めてゆえ、よく聞いてくれ。御屋形様が駿府から御帰還なさるのは、明後日の予定となっておる。これは今川家よりの一報ゆえ、間違いはなかろう。そこで、代替わりに賛同する家臣が揃って国境の万沢(まんざわ)まで出向き、御屋形様に御隠居をお願いいたす。われらの総意を伝えて何とかご説得申し上げ、御屋形様には国境を越えずに万沢から駿府へ戻っていただき、そこで恵姫様とご一緒に平(たいら)かな日々を送っていただくつもりだ。それについては、今川家も承諾してくれている」
「ま、まさか……」
 思わず駒井信為が声を発してしまう。
「かように大それたことを、今川家との了解なしに進められるわけがあるまい。義元殿とて晴信様が武田の新たな惣領となり、甲斐を立て直すことに期待しておられる。そのために御屋形様の御隠居を引き受けてくれるのだ」
 にわかに信じ難い話だったが、実際、先方の内諾は取れていた。
 信方が太原雪斎の名代となった岡部久綱から直に確認したのである。
「さて、それでも問題は、われらにある。御屋形様に御隠居していただくには、家臣の総意として晴信様を担がねばならぬ。そこで青木殿と駒井殿には亀裂の入った武川衆をまとめ直してもらいたい。さすがに、武川衆までが望んでいるとなれば、御屋形様もその願いを無下にはできまい」
「……されど、土屋殿に付いている一派は、どうするつもりなのか?」
 蒼白になった青木信種が訊く。
「さような馴れ合いは解散してもらうしかあるまい。その受皿として青木殿に筆頭を務めていただく」
「……説得できるとは……思えぬのだが」
「それがしが聞いたところによれば、土屋殿に付いたはずの者たちも、飯田(いいだ)虎春(とらはる)に戦支度を焚(た)きつけられ、いたく困っているとのことだ。それに従えば、同朋の者たちと斬り結ばなければならなくなるのがわかっているからであろう。もちろん、そこには御屋形様に断罪されるという威(おど)しがかけられており、それを怖れているからこそ、虎の威を借りる飯田の言葉に逆らえぬのであろう。されど、代替わりが行われ、御屋形様の処断などなくなると知れば、案外すんなりと元の鞘(さや)に戻れるのではなかろうか。土屋殿もこれまでの言を翻し、おめおめと甲斐へ戻ることはできぬ。ならば、戦支度をけしかけている飯田虎春と他の数名を捕縛することで足りる。もちろん、それについては、晴信様を先頭に、われらが動くつもりだ。青木殿は捕縛が終わった後に、残った武川衆を説得してもらいたい。さすれば、身内同士で血を流すこともない」
 信方はこともなげに言った。
 これは原昌俊の考えた策を、さらに重臣たちで煮詰めたものだった。
「……な、なるほど。それで、いつ捕縛を?」
「青木殿がわれらの話を了承してくれるのならば、この後すぐにでも動くつもりだ。御屋形様が戻られるまでに、あまり時もないゆえ、迅速に事を進めねばならぬ」



 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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