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連載
「新 戦国太平記 信玄」
第二章 敢為果断(かんいかだん)21 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

「青木殿への謝意もこめて、ということであろうか」
「はい。御屋形様への面訴まで、さして時は多くありませぬが、われらの真意を聞いていただくことで、少しは蟠(わだかま)りも解けるのではないかと」
「それがしは構わぬが……。されど、青木殿はいかがか?」
 晴信はあえて青木信種の心情を確認する。
「……異存はござりませぬ」
「もしも、意に沿わぬことがあれば、申してもらっても構わぬが」
「いいえ、身の証(あかし)を立てるためにも、是非、お願いいたしまする」
 すでに落ち着きを取り戻していた青木信種は、静かな口調で答える。
「さようか。ならば、加賀守に任せる」
「有り難き仕合わせにござりまする」
 原昌俊が平伏する。
 青木信種らとの面談を何とか無事に終え、晴信たちは思惑通りに最初の峠を越えた。
 集まった家臣たちが散っていく中、原昌俊は青木信種と駒井信為に歩み寄る。
「最初のご無礼をお詫びいたしまする」
 深々と頭を下げる昌俊を見て、青木信種は苦笑まじりの大きな溜息をつく。
「……致し方あるまい。それがしがそなたと同じ立場ならば、同じことをしたであろうよ。それに、そなたが付き添うてくれのは助かる。たとえ、われらの監視だとしてもな。これは皮肉ではない。無用な猜疑(さいぎ)を向けられぬで済むのはありがたい」
「まことに、監視のつもりではありませぬ。青木殿にはきちんと話しておきたい。それがしがここに至った経緯や、この後のことなどを含めて」
 原昌俊は真摯(しんし)な態度で思いを伝える。
「それがしも聞いておきたい。御屋形様の忠実な番犬としか見えていなかった、そなたがここまでの暴挙に出た理由をな」
「すべて、お話しいたしまする」
「されど、正直、度肝を抜かれた。あの晴信様が、まさか御屋形様へ御隠居の面訴に及ぶとはの。しかも、これだけの家臣が集まり、今川家の助力まで得ている。そして、最もこの場にそぐわぬと思うていた、そなたまで参じている。大したものだ」
「われらにとっては、晴信様が一縷(いちる)の望み。それに賭けました」
「なるほど。よくよく考えてみれば、諌言(かんげん)や直訴などという手緩(てぬる)い方法では、唯我独尊の御屋形様を動かせようはずもない。それがしも命懸けのつもりであったが、甲斐と武田一門を思う気持ちの強さが足りなかったのやもしれぬ。いや、命懸けの保身など、捨身の大義には、遠く及ばぬということか……」
 青木信種は力なく自嘲の笑みをこぼす。 
「皆にとって苦渋の決断となりますが、晴信様の痛みはいかばかりか、これだけは計り知れませぬ。それでも皆の苦渋と決断を、一身で背負う覚悟をなされておりまする。あの気概があれば、崖淵にいるわれらも窮地を脱することができるやもしれませぬ」
「……そうだな。これまで、あまりにも多くの事柄から眼を背け過ぎてきた。ここいらで甲斐の惨状を直視すべきかもな」 
「まずは、われらにできる仕事へ向かいましょう」
 原昌俊は青木信種らと一緒に大広間を出た。



 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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