「青木殿への謝意もこめて、ということであろうか」 「はい。御屋形様への面訴まで、さして時は多くありませぬが、われらの真意を聞いていただくことで、少しは蟠(わだかま)りも解けるのではないかと」 「それがしは構わぬが……。されど、青木殿はいかがか?」 晴信はあえて青木信種の心情を確認する。 「……異存はござりませぬ」 「もしも、意に沿わぬことがあれば、申してもらっても構わぬが」 「いいえ、身の証(あかし)を立てるためにも、是非、お願いいたしまする」 すでに落ち着きを取り戻していた青木信種は、静かな口調で答える。 「さようか。ならば、加賀守に任せる」 「有り難き仕合わせにござりまする」 原昌俊が平伏する。 青木信種らとの面談を何とか無事に終え、晴信たちは思惑通りに最初の峠を越えた。 集まった家臣たちが散っていく中、原昌俊は青木信種と駒井信為に歩み寄る。 「最初のご無礼をお詫びいたしまする」 深々と頭を下げる昌俊を見て、青木信種は苦笑まじりの大きな溜息をつく。 「……致し方あるまい。それがしがそなたと同じ立場ならば、同じことをしたであろうよ。それに、そなたが付き添うてくれのは助かる。たとえ、われらの監視だとしてもな。これは皮肉ではない。無用な猜疑(さいぎ)を向けられぬで済むのはありがたい」 「まことに、監視のつもりではありませぬ。青木殿にはきちんと話しておきたい。それがしがここに至った経緯や、この後のことなどを含めて」 原昌俊は真摯(しんし)な態度で思いを伝える。 「それがしも聞いておきたい。御屋形様の忠実な番犬としか見えていなかった、そなたがここまでの暴挙に出た理由をな」 「すべて、お話しいたしまする」 「されど、正直、度肝を抜かれた。あの晴信様が、まさか御屋形様へ御隠居の面訴に及ぶとはの。しかも、これだけの家臣が集まり、今川家の助力まで得ている。そして、最もこの場にそぐわぬと思うていた、そなたまで参じている。大したものだ」 「われらにとっては、晴信様が一縷(いちる)の望み。それに賭けました」 「なるほど。よくよく考えてみれば、諌言(かんげん)や直訴などという手緩(てぬる)い方法では、唯我独尊の御屋形様を動かせようはずもない。それがしも命懸けのつもりであったが、甲斐と武田一門を思う気持ちの強さが足りなかったのやもしれぬ。いや、命懸けの保身など、捨身の大義には、遠く及ばぬということか……」 青木信種は力なく自嘲の笑みをこぼす。 「皆にとって苦渋の決断となりますが、晴信様の痛みはいかばかりか、これだけは計り知れませぬ。それでも皆の苦渋と決断を、一身で背負う覚悟をなされておりまする。あの気概があれば、崖淵にいるわれらも窮地を脱することができるやもしれませぬ」 「……そうだな。これまで、あまりにも多くの事柄から眼を背け過ぎてきた。ここいらで甲斐の惨状を直視すべきかもな」 「まずは、われらにできる仕事へ向かいましょう」 原昌俊は青木信種らと一緒に大広間を出た。