両膝をつきながら、小山田行村が悲鳴に似た声を漏らす。
「……先陣の初鹿野高利殿から、これを御屋形様にお届けせよと。……甘利備前守殿が敵の先陣大将を討ち取り、取り返した御首級とのことにござりまする」
　行村は地面に平伏しながら、懐中に収めていた血染めの首袋を差し出す。
　その中身が誰のものなのかは、すでに晴信にもわかっていた。
「……甘利が取り戻してくれたのか」
「はい。……されど、その際に備前守殿も深手を負われましたようで……初鹿野殿がお守りしながら横田高松殿の隊と合流を図っておりまする」
「甘利が深手を!?」
　信繁が驚きながら叫ぶ。
「まことのことか？」
「……はい、残念ながら」
　小山田行村が苦しそうに言葉を絞り出す。
　――板垣や信綱だけでなく、甘利までが深手とは、先陣で何が起こった!?
　晴信は高まる動悸（どうき）を押さえようとした。
　そこに新たな使番（つかいばん）が駆け込んでくる。
　いち早く科野総社を飛び出した初鹿野昌次だった。
「御注進！　こちらに敵の本隊と思しき大軍が迫っておりまする。その数、およそ五千！　室住豊後守殿と跡部伊賀守殿がこちらに向かっておりまする」
「敵の本隊五千だと!?……どこから現れた？」
　晴信が驚愕（きょうがく）しながら訊く。
「上田原にてわれらの先陣と敵の先陣が交戦する中、北側から突如現れましてござりまする。そのため甘利備前守殿が率いていた隊はほぼ全滅に等しく、横田高松殿の隊が傷を負われた備前守殿を守りながら大屋の対岸に向かわれました。室住豊後守殿と跡部伊賀守殿からの御伝言で、御屋形様におかれましても、この国分寺から退陣なされ、他に散らばっている隊を集め、大屋まで撤退なされたし、とのことにござりまする」
　初鹿野昌次の言葉に、晴信の思案が激しく巡る。
　使番たちの報告を聞き、先陣に何が起こったのかを理解し、すでに己が窮地にいることも悟った。
　――敵の策により、わが先陣が破られた。となれば、逡巡（しゅんじゅん）している暇はない。今ここで、すぐに決断を下さねば。どうする、ここで守りを固め、敵を迎え撃つか。それとも……。