よみもの・連載

信玄

第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)8

海道龍一朗Ryuichiro Kaitou

 武田義信は嬉(うれ)しそうに笑った。
「承知!」
 北条綱成も笑顔で頷いた。
 半過岩鼻(はんがいわばな)を陣払いした両軍は千曲川(ちくまがわ)を渡り、越後勢の追跡を開始する。
 これが弘治(こうじ)三年(一五五七)五月末のことだった。
 越後勢の退足は思いの外早く、二日のうちに全軍で犀川(さいがわ)の丹波島(たんばじま)へと戻った。
 武田義信と北条綱成の連合軍は同じ道筋を辿り、一定の距離を保ちながら越後勢を追い、川中島の篠ノ井(しののい)に野戦陣を構える。敵から一里半(約六㌔)ほどの距離を取り、尼巌(あまかざり)城の真田(さなだ)幸綱(ゆきつな)と連係を取りながら推移を見守った。
 丹波島の越後勢はあっさりと犀川の北岸へ渡り、長尾景虎は善光寺横山(ぜんこうじよこやま)に陣取る。それから、高梨(たかなし)政頼(まさより)の拠点となった飯山(いいやま)城へ帰還した。
 越後勢が四月の中旬に信濃へ出張ってから一ヶ月半、ここまで何の戦果も上げられていない。将兵の中にも不満が燻(くすぶ)り始めていた。
 出陣前に起こした出奔の件もあり、さすがの景虎も焦りを隠せず、高梨政頼との密談に及ぶ。
「叔父上、武田の者どもが戦おうとせぬため、まともな合戦になりませぬ。しかも、敵は奪った中野小館(なかのおたて)と詰城の鴨ヶ嶽(かもがたけ)城を焼き払って逃げただけ。まったく卑怯千万(ひきょうせんばん)なり」
「武田晴信(はるのぶ)の狙いは、われらを本拠地から追い払うことであり、あわよくば、この飯山城も奪い、焼き払うつもりであったのだろう」
 高梨政頼が苦い面持ちで言葉を続ける。
「おそらく、そなたが助太刀に来たならば、最初からまともには戦わず、いたずらに滞陣を引き延ばす策略だったのではないか」
「……それがしは、まんまと誘(おび)き寄せられた、と」
 景虎が小さく歯嚙(はが)みする。
「この戦(いくさ)の前、内訌(ないこう)の張本であった大熊(おおくま)朝秀(ともひで)を寝返らせ、会津(あいづ)の蘆名(あしな)盛氏(もりうじ)にも謀叛(むほん)の荷担をさせたと聞いている。おそらく、そなたが春日山(かすがやま)城を出奔した件についても、何らかの形で摑(つか)んでいたのではないか。われらが思う以上に、武田晴信は老獪(ろうかい)な戦(いくさ)の構え方をするようだ。真っ向から挑もうとすれば、かえって相手の罠(わな)に嵌(は)まるのではないか」

プロフィール

海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。

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