第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)10
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
直江景綱が微(かす)かに眉をひそめた。
そこに、満面の笑みを浮かべた甘粕(あまかす)景持(かげもち)が駆け寄ってくる。
「大和守殿、幕府の奏者がお見えになりました!」
「さようか……」
直江景綱が眼を細めて若い家臣を睨(にら)む。
「……景持、なにゆえ、へらへらしておる?」
「えっ?」
「そなたの顔だ」
「……べつに笑うてはおりませぬ。これは地顔にござりまする」
「地顔がへらへらしておるのならば、もっと気を引き締めて真剣な面構えを保たぬか! 間もなく、われらは都へ入るのだ」
「……は、はぁ。……気をつけまする」
甘粕景持が頭を搔(か)きながら、訳もわからずに詫(わ)びる。
「まったく、皆が『景持は御屋形(おやかた)様に似ている』などと甘やかすゆえ、あのように締まりのない面になるのだ。御屋形様に似ているといわれたいのならば、日頃からもっと神妙な顔をせぬか」
直江景綱がぼやきながら奏者のところへ向かう。
「……隼人(はやと)殿。なにゆえ、大和守殿はあれほど怒っておられるのでしょうか?」
困った顔で景持が訊く。
「さてな」
苦笑しながら神余親綱が家宰の後を追った。
直江景綱は御座所へ案内する前に細川藤孝と面会する。
「長尾景虎が家宰、直江大和守景綱と申しまする。こたびはよろしくお願いいたしまする」
「申次の役目を仰せつかりました、細川兵部大輔藤孝と申しまする。お見知りおきのほど、よろしくお願いいたしまする」
奏者の細川藤孝が頭を下げた。
――この落ち着いた雰囲気は、なかなかどうして……。景持と同歳(おないどし)でありながら、まったく違う老成を感じる。さすがに、ものが違うか。
直江景綱はそのように見立てた。
そして、細川藤孝の隣にいた使者が挨拶する。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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