第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)10
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
「殿下が直(じか)に関与せずとも、御子息の前嗣殿が関白になられましたゆえ、御今上をお支えできるかと」
「良いお話を聞けました。われらもそのお助けができれば幸いにござりまする」
直江景綱は笑みを浮かべて一献を酌す。
「こちらこそ、今後ともよろしくお願いしたしまする。まだまだ幕政も落ち着いておりませぬゆえ、長尾弾正少弼殿には是非ともお力添えをいただきとうござりまする」
細川藤孝は暗に三好長慶(ながよし)との間に火種が残っていることを匂わせた。
宴も酣(たけなわ)になったころ、やっと長尾景虎が宴席に現れる。しばらく、使者たちと酒を酌み交わしてから、あっさりと退席した。
あくまでも家臣と幕府の使者が昵懇(じっこん)になるため設けた宴席であり、あえて己が長居しないことで親睦を深めさせるという配慮だった。
そのかいもあり、酒宴は大いに盛り上がって終わった。
翌日の早朝、細川藤孝らが先導し、長尾景虎が率いる越後勢は坂本を出立する。西近江路を南下して大津(おおつ)を抜け、京七関のひとつである粟田口から入洛し、二条の神泉苑へ到着した。二条法華堂の御座所は、押小路(おしこうじ)を挟んだ真北側に位置している。
神泉苑に入った景虎は、家臣に荷を運ばせ、宿所の威儀を整える。それから行水で身を浄(きよ)め、大紋直垂の礼装に着替え、折烏帽子(おりえぼし)を被(かぶ)って拝謁の時を待った。
しばしの時を経て、奏者の細川藤孝が現れ、景虎と重臣たちを二条法華堂へ案内する。
御座所の拝謁の間に入ると、すでに大上座の上手側に顧問役の近衛稙家、下手側には執事役の六角義賢が控え、両側に側近たちが並んでいた。
やがて、大紋直垂を身に纏い、風折(かざおり)烏帽子を被った足利義輝が現れ、大上座に就く。
一同が一斉に平伏する。
「面(おもて)を上げよ」
足利義輝が静かな口調で言う。
景虎はゆっくりと顔を上げ、正面に座した公方を見つめる。
「長尾弾正少弼。越後からの上洛、遠路旁々(かたがた)、大儀であった。余は、そなたと会えることを心待ちにしておったぞ」
「長尾弾正少弼、景虎。本日は上様の御尊顔を拝見する機会をいただきまして、恐悦至極の心持ちにござりまする」
再び平伏した後、景虎が口上を述べる。
最後に幕府への条書を差し出し、足利義輝への忠誠を誓った。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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