第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)10
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
「まことにござりまするか! それは御屋形様もお喜びになるかと」
「堺からならば高野山へも遊山できますゆえ、ちょうど良いかもしれませぬ」
「ご紹介をお願いできまするか、陸奥守殿?」
「お任せくだされ。ちなみに弾正少弼殿は、茶の湯にご興味などありませぬか?」
「ああ、御屋形様はどちらかといえば、茶の湯よりも御歌にご執心かと。こたびも越後では手に入らぬ歌書などを集められるとよいと仰せになられておりました」
「なるほど、歌書をと。それならば、上様の御義父上(おちちうえ)、近衛殿下にお願いするのがよろしかもしれませぬ。かの御方は歌道にも精通なされ、確か『詠歌大概(えいがたいがい)』という書物もお持ちになっておりまする。謁見にも後見役として同席なさりますゆえ、その後の宴席で一緒にお願いしてみましょう」
大舘晴光はこの若い折衝役から接遇の方向性を摑(つか)もうとしていた。
「重ねて、有り難し」
神余親綱にしても、幕府の重臣と懇意になれば、幅広い人脈の中で何かと融通を利かせてもらえると踏んでいた。
一方、直江景綱は若い奏者を接待しながら、足利義輝の側近について詳しい情報を集めようとしていた。
「兵部殿、公方殿の御舅(おしゅうと)はどのような御方にござりまするか?」
「一言で申せば、殿下は怖い御方にござりまする」
細川藤孝は一献を受けながら答える。
「……殿下?」
「ああ、失礼いたしました。舅殿は朝廷で太政大臣にまで上られた御方ゆえ、われらは殿下とお呼びしておりまする」
「さようにござりましたか。その高貴な御方がなにゆえ怖いと?」
「殿下は前(さき)の御主上の覚えもめでたく、位人臣(くらいじんしん)を極められました。つまり、朝廷の何たるかを熟知なされ、あらゆる公卿(くぎょう)に対し、ものを申せる御方にござりまする。今は上様の相談役として後見に努められておりますが、それを通して武門の何たるかをすでに摑んでおられると思いまする。つまり、この日の本で最も政(まつりごと)に精通し、朝廷と幕府の裏の裏まで見透かされておられるのでありましょう。そうした意味で、怖い御方かと」
「なるほど、為になりまする」
「こたびの御今上への拝謁にしても、殿下が朝廷に持ちかけた話にござりまする。上様が京へ戻られた今こそ、朝廷と幕府が一丸となって政の再興をなせる機だとお考えになられたのでありましょう」
「では、御今上の御即位なども取り仕切りをなされるのでありましょうか?」
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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