「こちらから越前殿の屋敷に遣いを出してみまする……」 元長の言葉が終わらないうちに、物見頭(ものみがしら)が駆け込んでくる。 「御注進!」 「何事か」 「久能山(くのうざん)の麓で奇妙な動きをしている一団を発見しましてござりまする」 「武装している者どもか?」 元長が血相を変えて訊く。 「そのようにござりまする」 「数は?」 「千から二千ぐらいではないかと」 物見頭の答えに、元長と雪斎は顔を見合わせる。 福島の奇襲か!? 二人の考えは同じだった。 「斥候を増やし、その一団の動きから眼を離すな。それから、西の方にも物見を出せ」 「承知いたしました」 新たな命令を受けた物見頭が駆け出していった。 「瀬名(せな)殿や由比(ゆい)殿にも知らせ、館の守りを増やしまする」 元長の言葉に、雪斎が頷く。 「丹波守殿、大御台様のご無事を確認するために、改めて越前守殿に遣いを出しましょう。それから、朝比奈の兵をお借りできませぬか。義元様の身辺も警護せねばなりませぬ」 「雪斎殿、そなたが兵を率いられるおつもりか?」 朝比奈元長は驚きながら訊く。 「さようにござりまする。この身はすでに栴岳承芳の山門の師ではなく、義元様の軍師だとお思いくだされ。元々は庵原の出ゆえ、少々の荒事には慣れておりまする」 「さように申されるならば、是非もなし。わが忠臣、江尻(えじり)親良(ちかよし)と兵をお付けいたしまする」 「かたじけなし」 雪斎は頭を下げてから、義元が待つ奥殿へ戻った。 「義元様、厄介なことになりました。久能山の周辺に敵と思(おぼ)しき軍勢がいるようにござりまする。おそらくは、こちらの様子を窺い、夜襲を仕掛けるつもりやもしれませぬ」 「……いきなり、戦となるか」 「ご安心くだされ。万全の防御をすべく、いま丹波守殿が奔走しておりまする。こちらはいちはやく物見が相手の動きを摑み、おそらく向こうは気づいておりませぬ」 「母上は!?……母上が危ないのではないか」 「何か、あったことに間違いはありませぬ。されど、お命に関(かか)わるとは思えませぬ」 自信ありげな表情で言い切った雪斎を、義元は怪訝そうに見る。 「それは、なにゆえであろうか?」 「大御台様に手をかければ、その刹那から恵探殿は親殺しの大逆人となりまする。さような咎人(とがにん)に家を嗣ぐことなどできずそのぐらいのことは向こうも心得ているはずなので、手荒な真似はいたしますまい。大御台様はそれを見越しておられましたゆえ、自ら先方へ赴かれたのだと思いまする。並の漢よりも遥かに肝が据わっておられ、まことに思慮深き御方。心底から感服いたしまする」 「なるほど、言われてみれば、その通りか……」