「……できまする。仰せの通りに、裁いてご覧に入れまする。他国の者とはいえど、謀叛人に容赦などいたしませぬ!」 そう答えるしかなかった。 「よかろう。そこまで肚を括(くく)っておるのならば、そなたに任せようではないか。かように非情な裁きも必要だということを、勝千代にも見せておこうと思ったのだがな」 「どうか晴信様の御初陣はもう少し大きな戦で、御屋形様とご一緒に出陣できますよう御願い申し上げまする」 「ふっ、まだ見せられぬか。まるで乳母日傘(おうばひからがさ)だな」 信虎は失笑を漏らしながら呟く。 乳母日傘とは、 童が乳母に抱かれ、日傘を差しかけられるなどして、至れり尽くせりで育つことである。つまり、過保護という意味だった。 「……申し訳ござりませぬ」 信方は頭を下げながら、話の矛先を変える。 「御屋形様、駿河との国境へ出張るとなれば今川家との事前の談合も必要となりますが、先方のどなたと話を詰めればよろしいのでありましょうか?」 「実はな、この話を余に持ちかけてきたのは、勝千代の講師をしておる坊主なのだ。何という名であったかな」 「長禅寺(ちょうぜんじ)の岐秀元伯禅師にござりまするか!?」 「さようだ。その岐秀とやらが御方を通じ、この話を伝えてきた。本人を呼び出し、詳しく問い質したところ、還俗した五男の義元とやらには太原雪斎という師がおり、その者が京にいる頃から岐秀と親しい仲であったらしい。この雪斎も還俗し、義元の軍師だと嘯(うそぶ)いておるらしい。坊主どもが雁首(がんくび)を揃え、こたびのような血腥(ちなまぐさ)きことを案じるとは、世も末であるな」 信虎は侮蔑の笑みを浮かべる。 「まあ、世間を知らぬ還俗者ほど、戦への憧れが強いのであろう。ならば、存分に世俗の血腥さを馳走してくれようぞ」 「では、岐秀禅師に詳しいお話を伺いまする」 「後は任せたぞ、信方。必要な兵を常陸(ひたち)に申し出、すぐに国境へ向かうがよい。さっさと片付け、今川が額ずく姿を余に見せよ」 そう言い残し、信虎は立ち上がる。 「承知仕りましてござりまする」 信方は主君の跫音(あしおと)が消えるまで床に額を付けていた。 謁見の間を出ると、大きな溜息が漏れる。 ──途轍もない汚れ仕事を仰せつかってしまった……。 そんな思いがこみ上げてくる。 ──されど、かような事に晴信様を関わらせるわけにはいかぬ。独りで捌いてしまわねば。それにしても、岐秀禅師が今川の遣いをするとは。 信方は少し怒っていた。 武田の嫡男となろうとしている晴信の講師が、今川に通じているというのは由々しき問題だった。 ──一言申さねば、気が済まぬ! それでも、とりあえず晴信の居館へ行き、暇(いとま)を乞わねばならなかった。