「駿河殿、この問題は思うたよりも根が深く、由々しき事態ではありませぬか。単に家宰(かさい)の座を巡って土屋殿と青木殿が対立しているだけではなく、家中の結束がばらばらになっておりまする。武川衆は土屋殿と青木殿のどちらにつくかで右往左往しており、他の家臣たちはすでに公然と不満を口にするようになっておりまする。これ以上、禄が滞れば離反も招きかねず、戦のために無理な徴発を続ければ民の嗷訴(ごうそ)も起こりかねませぬ。すぐにでも何とかせねば……」 甘利虎泰が眉をひそめる。 「次の家宰が決まれば、家中も丸く収まるのではないか」 信方の答えに、二人は顔を見合わせる。 「それは違いまするぞ、駿河殿! もしも、土屋殿が家宰となれば、関係の近い者にしか利が与えられないことは明白であり、ますます家中の分裂が進みまする。たとえ、青木殿が家宰になったとしても同じようなもので、収拾がつくとは思えませぬ」 気色ばむ甘利虎泰を見て、信方は少し驚く。 「……何を怒っておる、甘利」 「駿河殿があまりに暢気(のんき)なことを申されるゆえ……」 「ああ、すまぬ」 信方が顔をしかめて頭を搔く。 場の空気を和らげようとしただけだったが、二人の危機感はそれを許せないほど高まっていたようだ。 「駿河殿、あえて、この場ゆえ申し上げますが、それがしがそなたを避けていたのは傅役としての対抗心からではなく、その……御屋形様から親しくすることを禁じられていたからにござりまする」 「まことか!?」 「はい。それは信繁様におかれましても同じことで、晴信(はるのぶ)様に親しくお話しすることさえ禁じられておりました。あの者の言うことに耳を貸すな、と。あれほど仲のよろしかった御兄弟が疎遠になってしまわれたのは、それが理由にござりまする。それがしも御屋形様の御下命に逆らえず、つい駿河殿を遠ざけるような態度をしてしまいました。何よりも、信繁様の傅役を解かれることが怖ろしく……。されど、こたびの戦で思うところがあり、考え方を変えました。このままではいかぬ、と。それゆえ、こうしてお訪ね申し上げました。すべてをお伝えしておこうと」 甘利虎泰はきっぱりと言い放った。 「……甘利」 信方は思わず後輩の顔を見つめる。 「お話のついでに、それがしからも、もうひとつだけよろしかろうか」 飯富虎昌が申し出た。 「構わぬが」 「備前殿もそうだと思いますが、実は、それがしも土屋殿と青木殿の双方から寄合に誘われておりました。いずれも、家中の結束を固めるという建前にござりましたが、その実は頭数を揃えるためであったと思いまする」 「それで、そなたはその寄合に参加したのか?」 信方の問いに、虎昌は笑顔で頷(うなず)く。 「はい、双方とも」 「双方とも!?」