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連載
「新 戦国太平記 信玄」
第二章 敢為果断(かんいかだん)17 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

 その日の夕刻、晴信が信方のところに来る。
「板垣、相談があるのだが」
「何でござりましょう」
「実はさきほど、甘利が訪ねてきて、明日、信繁と一緒に遠駆けができぬかと申し入れてきた。なんでも、要害山城で一緒に弓の稽古がしたいそうだ」
「ほう、なるほど」
「されど、なにゆえ、さような話をこの身に伝えに来たのであろうか。いつもならば、そなたを通してくると思うのだが……」
 晴信は小首を傾げる。
「ああ、なるほど。……おそらく、甘利はそれがしが断ると思うたのではありませぬか」
「そなたが断る?」
「ええ、それがしは明日、お役目で若神子(わかみこ)まで行かねばなりませぬので御供ができませぬ。加えて、御屋形様がお留守の時だと反対されると思うたのでは」
「そなたは反対か?」
「いいえ、特段、反対する理由もござりませぬが、それがしは御供できませぬ。若はそれでもよろしいので?」
 信方の問いに、晴信はほんの少しだけ思案する。
「……まあ、かような機会でもなければ、信繁と遠駆けなどできないであろうし」
「さようでござりまするな。されど、遠駆けだけでなく弓箭のお稽古となれば、畢竟(ひっきょう)、最後は二つの陣営に分かれて競い弓となるのではありませぬか。その時に、弓の名手、この板垣めがいなくて大丈夫にござりまするか。甘利は、弓箭も相当の腕前と聞いておりまするが」
「えっ!?」
 晴信が思わず絶句する。
「ならば、こうなされませ。警固も兼ねて、それがしの代わりに虎昌を供にお連れくだされ。それがしよりは少々劣りますが、あ奴ならば甘利に遜色(そんしょく)なき弓の腕前と存じまする。簡単に負けることはありますまい」
「飯富を?」
「はい」
「そなたから頼んでもらえるか?」
「承知いたしました。せっかくゆえ、ゆっくりと羽根を伸ばし、信繁様と時を過ごされるとよい」
「ああ、わかった」
 晴信は笑顔で頷く。
「では、虎昌に頼んでまいりまする」
 信方は飯富虎昌に依頼に行く振りをするが、すでに甘利虎泰との間で話は出来上がっていた。



 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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