連載
「新 戦国太平記 信玄」
第二章 敢為果断(かんいかだん)17 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

「さようにござるか」
「確かに、子細は伝えられておりませぬが、武田の御屋形様が駿府へ参られ、間を置かずに駿府から義元殿の御側におられる太原雪斎殿が板垣殿に会いたいと遣いを出してきたということは、とりもなおさず晴信様に関わるお話なのではありませぬか。愚昧(ぐまい)な拙僧にも、それくらいのことは推察できまする」
「……いや、さようなことは……。だとしても、それがしはどうすればよろしいのか?」
「会談の場所が難しいようならば、当方の寺をお使いになってはいかがにござりましょう。もしも、板垣殿さえよろしければ、まだ長禅寺に留まっている遣いに早馬で戻ってもらい、明日もしくは明後日に太原雪斎殿と当寺にて面会なされるというのは、いかがにござりまするか?」
 岐秀禅師の話を聞き、信方は切迫した何かを感じる。
 ――御坊はさりげなく話されているが、いかにも焦臭さを感じる申し入れだ。今川(いまがわ)義元の軍師が押っ取り刀で駆け付けるというのだから、徒事(ただごと)ではあるまい。ここは受けるべきであろう。
「わかり申した。ならば、早い方がよかろうと存じまする。明日の午後で結構」
「承知いたしました。遣いの者に伝えますが、ご面会はくれぐれもお忍びということで、お一人にてお越しくださりませ」
「わかりました。では、よろしくお願いいたしまする」
 信方の承諾を受け取り、岐秀元伯は慌ただしく長禅寺へ戻った。
 ――なにやら、事態がただならぬ雲行きになってきたようだ……。それにしても、若のお世話をどうにかせねば、面会にも行けぬか。
 しばらく思案をしてから、信方は屋敷を出た。
 向かった先は、甘利虎泰のいる躑躅ヶ崎(つつじがさき)館である。
「甘利、取り急ぎの話がある。二人きりで話せぬか」
 上輩の急な来訪に戸惑いながらも、虎泰は人気のない納戸に信方を招き入れる。
「いかがなされた、駿河殿」
「実はな……」
 信方は声をひそめて太原雪斎の件を伝える。
 最初はすべてを伝えるべきかどうか迷ったが、この後輩を動かすには真実を話すべきだと肚を括(くく)った。
「……ということになった」
「今川の軍師がお忍びで面会とは、徒事ではありませぬな」
「ああ、そのようだ。わざわざ甲斐にまで乗り込んでくるというのだからな。話の詳細は追って伝えるが、そなたにひとつ頼みがある」
「何でござりましょう?」
「明日、信繁殿と若を伴って遠駆けでもできぬか」
「遠駆け……。なるほど、晴信様に悟られぬようにと」
「さようだ」
「ならば、要害山(ようがいやま)城へ登り、弓箭(きゅうせん)のお稽古ということでいかがにござりましょう。競い弓の形式でお稽古すれば、それなりに時もかかるのではありませぬか。御屋形様もお留守のことであり、かような機会でしか御二方で遠駆けなどできませぬゆえ」
「それは名案だ。そなたに供を頼めるか」
「お任せくだされ」
「では、そなたから若に申し入れてくれぬか。それがしはお役目があるということで、同行をお断りする」
「わかりました。では、代わりに虎昌でも連れていきまする。あ奴は弓も上手いので」
「よろしく頼む」
 信方は甘利虎泰を巻き込み、太原雪斎の来訪に備えた。



 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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