連載
「新 戦国太平記 信玄」
第二章 敢為果断(かんいかだん)17 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

 万端の支度を調え、翌日の朝から晴信と信繁の遠駆けが始まった。
「信繁、山道の麓まで速歩(はやあし)で走らせよう」
「はい、兄上」
「騎乗に自信があるならば、抜いても構わぬぞ」
「えっ!?……まことにござりまするか?」
「まことだ。手加減はいらぬ。本気で参れ!」
 晴信は愛駒の腹を軽く蹴り、手綱をしごく。
「あっ! 兄上!」
 信繁も遅れまいと愛駒を発進させる。
 その様を、甘利虎泰と飯富虎昌が苦笑いしながら見ていた。
「さて、われらもゆるりと参りましょうか。若君様たちを追い抜かぬよう」
 虎昌が愛駒の首を叩(たた)きながら言う。
「そうするか」 
 甘利虎泰は愛駒を発進させ、一行は数名の近習(きんじゅう)だけを連れ、躑躅ヶ崎館を後にした。
 要害山城に着くと、小さな帟(ひらはり)を設(しつら)え、鷹狩(たかがり)さながらの陣処を作る。それから、三十間(けん)の通し矢ができるように二つの射的を並べ、弓箭の稽古を始めた。
 晴信と信繁は狩装束に弓懸(ゆがけ)をはめ、まずは試し矢を射る。それぞれが十本ずつ放ち、二人とも終わった時点で検分を行った。
「信繁、そなたは弓が上手いな」
 的内にある本数を確かめながら、晴信が呟(つぶや)く。
「いいえ、兄上には敵(かな)いませぬ。十本すべてが的内に入っているではありませぬか。それがしは二本も的を外しておりまする」
「されど、真中丸を射抜いている本数は、そなたが多い。大したものだ」
「……さように誉(ほ)められては、面映ゆうござりまする」
 信繁は照れたように首を竦(すく)める。
「あと二、三十本練習してから、甘利と飯富を交えて競い弓でもやるか?」
「はい。お願いいたしまする」
「よし、そうしよう」
 晴信も嬉(うれ)しそうに笑う。
 二人で和気藹々(わきあいあい)と弓を放ち、童(わらべ)の頃のように打ち解けた時を過ごす。
 甘利虎泰が微(かす)かに瞳を潤ませながら、その光景を眺めていた。 
 練習を終えてから甘利と飯富を加え、弓競べが始まる。二つの陣営に分かれ、それぞれが十本の矢を放ち、点数を競うのである。
 的内は中白とも呼ばれる真中丸が五点、一の黒丸が四点、次に二の白丸が三点、二の外黒丸が二点、三の白丸が一点、三の大外丸は残念ながら点数なしと数えられた。加えて、的を外した場合は、持ち点から一点が引かれてしまう。それを三番勝負、五番勝負、七番勝負などの決められた回数で行い、非常に単純な競技だが、やり始めると老練の武士でも夢中になってしまうほど面白い。
 四人は極度に集中し、本気で的に向かっていた。



 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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