連載
「新 戦国太平記 信玄」
第二章 敢為果断(かんいかだん)17 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

「はい、何分にも家中の様子がわからぬ身でありましたので。土屋殿や青木殿のお話を聞けば、少しは事情もわかると思い、寄合に参加いたしました。土屋殿の寄合は柳沢(やなぎさわ)信興(のぶおき)や飯田(いいだ)虎春(とらはる)が中心となって評定衆をまとめ、すでに家宰の座は昌遠(まさとお)殿で揺るがぬという話しぶりにござりました。一方、青木殿の寄合は駒井(こまい)信為(のぶため)殿が中心となって武川衆の切り崩しを行う傍ら、評定には参加できぬ侍大将や足軽頭を誘っておりました。やはり数に劣る青木殿の寄合は、下からの突き上げを狙うておるようで、郷の長(おさ)に愁訴状を出すよう働きかけておりました。もしも、嘆願が通らねば嗷訴も辞さぬという構えを取り、土屋殿が家宰では領国の足許が定まらぬという筋書きを描かれているようでした」
「……なんということを」
「それ以上に気になることが、ひとつ。ここで申し上げてもよろしいか?」
 飯富虎昌はそれとなく甘利虎泰の顔を窺う。
 虎泰は無言で小さく頷き、話の続きを促した。
「双方の寄合に共通することは、とにかく備前殿を陣営に引き込めということにござりました。もちろん、それは信繁様のお立場を見据えてのことと存じまする。飯田虎春殿に至っては、ええ……ええと、は、晴信様の廃嫡までを当然のように語っておりましたので、それがしも憤慨いたし、備前殿にご相談した次第で」 
「駿河殿、隠し立てはいたしませぬ。これが由々しき事態と申した背景にござりまする」
 無礼な物言いを詫(わ)びるように、甘利虎泰は小さく頭を下げた。
 信方もあらかたの事情は察していた。わかってはいたが、あえて波風を立てないように見て見ぬ振りをしていたのである。
「……すまぬな、二人とも。いらぬ心配をさせて」
 両膝に手を置き、信方は頭を下げる。
「頭をお上げ下され、駿河殿。そなたを責めるために、ここへ来たのではありませぬ。それがしはもとより、信繁様も土屋殿や青木殿に荷担する気はさらさらありませぬ。されど、最近の御屋形様の御酒の召され方は尋常でなく、怒りにまかせた暴れ方もひどくなっておりまする。ご乱心の気さえ見えておるかと。加えて、こたび御屋形様が駿府(すんぷ)へ参られると聞き、嫌な予感がいたしまする。それをお伝えし、肚(はら)を割って話をしたいと思うただけにござりまする。このままでは武田家が瓦解してしまう。これから、われらがどうすべきか、今後もこうして集まりませぬか」
「そなたらの気持ちは、よくわかった。わかった上で、重ねて、すまぬな。もっと早く、それがしから誘うべきであった」
 信方は再び頭を下げた。
「いっそ、駿河守殿が家宰に名乗りをお上げになればよろしいのに。さすれば、われらは喜んで応援いたしまする。家中にも賛同してくれる者たちが大勢いると思いまする」
「な、何を申すか、飯富」
 両手を振る信方を、甘利虎泰が諫(いさ)める。
「冗談ではありませぬぞ、駿河殿。それもひとつの手かもしれませぬ。ところで、加賀守(かがのかみ)殿などは、いかように考えておられるのでありましょうか?」
 虎泰は原(はら)昌俊(まさとし)の名を持ち出す。
「昌俊か……。何か考えはあるのであろうが、あ奴の頭の中は読めぬ。それがしと違い、深謀遠慮の漢(おとこ)だからな」
「こたびの戦では陣馬(じんば)奉行の役に徹し、最後まで己の気配を消しておられました。あの方が黙っておられる時は、逆に怖ろしい。おそらく何かを深くお考えになっているのでありましょう」



 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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