第四章 万死一生(ばんしいっしょう)4
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
諏訪で信方と原虎胤(とらたね)の先陣を送り出した翌日、自らは弟の信繁(のぶしげ)と甘利(あまり)虎泰(とらやす)の後詰とともに長窪城へ入った。
この城を検分してから、弟の信繁と甘利虎泰の後詰を城に残し、先陣の将兵が待つ前山城へ向かう。これが五月六日のことだった。
城に着くと、すぐさま重臣たちと評定を開く。
その席で、前山城代の伴野光信が佐久平の現況を詳しく報告し、最後に近隣の地図を開いて内山城の話をする。
「内山城はここから東に四里(約十六`)ほどの山頂に位置しますが、ちょうどその中間に平賀(ひらが)城と内堀砦がありまする。今は廃城同然で使われておりませぬが、もしも伏兵を置くならば、この場所かと。内山城へ登る谷筋の道を挟むように平賀城と内堀砦が高台にあり、進軍の様子などは一目瞭然にござりまする」
「われらが破却した平賀玄心(げんしん)の本城か」
晴信が信方に確認する。
「さようにござりまする」
信方の補佐で晴信が初陣に臨んだ時、海ノ口城(うんのくち)で討ち取った敵将が平賀玄心入道であり、その居城が佐久の平賀城だった。
内堀砦はその見張り台だが、この二つは海ノ口城が落城した後、武田家によって破却されている。しかし、まだ堀切や縄張りの跡が残っており、伏兵を置く砦の代わりぐらいならば使える。
「伴野、そなたが伏兵を置くならば、いかほどの兵数が妥当と見るか?」
晴信が端的に訊く。
「おそらく、二つ合わせても五百程度かと。されど、内山城の兵は多めに見積もっても千五百弱、臆病で用心深い大井貞清がそこから伏兵を間引く度胸があるかどうか。埋伏(まいふく)の計を使う確度は、かなり低いと考えまする」
「さようか。ならば、伏兵が居ようが居まいが、五百ずつの別働隊を編制し、平賀城と内堀砦を押さえておけば、進軍に影響はなく、退路の確保にも役立つということだな」
「ご明察にござりまする」
「して、内山城の弱点は?」
「内山城は本丸を囲むように南北に二の曲輪と三の曲輪を配しており、南側の二の丸は崖に面しているため守りが固く、下に馬場の平(だいら)がありまする。一方、北側の三の曲輪は斜面の上に位置し、その下に井戸があり、ここが城の水の手となっておりまする」
「北西の山中から水の手へ忍び入ることはできるか?」
晴信の問いに、伴野光信が笑みを含んで答える。
「痩せ尾根伝いに叉鬼(またぎ)の者たちが使う岨道(そわみち)があり、途中に見張り台の如き小さな砦が造られておりまする。そこを制してしまえば、三の曲輪の北側に廻り込んで井戸へ出ることができるかと」
叉鬼とは山々の奥深くで獣狩りをする猟師たちのことである。
「水の手は大きな狙いのひとつだ。伴野、叉鬼の者に道案内を頼めるか?」
「はい。さようなこともあるろうかと思い、腕利きの者を押さえておりまする」
「手回しがいいな。板垣、山に詳しい足軽の隊は組めるか?」
「お任せくだされ。井戸掘りを得意とする山の衆がおりまする。あの者どもを使えば、野井戸を掘るも埋めるも自在、仲間には金堀(かねほり)衆の者もいたはずにござりまする」
信方の言った金掘衆とは、山で鉱石や砂金の採掘をすることを生業(なりわい)とした者たちのことである。
金堀衆は望気(ぼうき)術と呼ばれる鉱物の気を察する法を会得し、掘削と土木に関する知識や技術を持っている。しかも長期間にわたる採掘を行うため、最も重要な水を確保する井戸掘衆が帯同していた。
こうした山の者たちは城攻めにも応用できる手段を持っているため、特別な足軽として合戦に招集されることが多かった。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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