よみもの・連載

信玄

第四章 万死一生(ばんしいっしょう)18

海道龍一朗Ryuichiro Kaitou

「行くぞ!」
 虎泰自らが先頭に立ち、五百の騎馬隊が疾走し始めた。
 中之条から産川の畔までは半里(二㌔)弱であり、足軽の徒歩ならば四半刻(三十分)を見ておけばよいが、騎馬の駈歩ならばその四倍程度の疾(はや)さで進むことができる。
 甘利虎泰が走り始めてすぐ、前方から襲歩で近づく一騎の武者を発見した。
 ――あれは使番の小山田か!?
 向こうも虎泰の姿に気づき、小山田行村が大声で叫ぶ。
「備前守殿! 御注進!」
「行村、敵襲か?」
 手綱を引いて愛駒を止めながら、虎泰が訊く。
「北から敵の本隊と思(おぼ)しき軍勢が動いてまいりました! その数、三千近く! われらは観音寺で備えを固めましたゆえ、援護をお願いにまいりました!」
 小山田行村も愛駒を止めながら叫ぶ。
「駿河守殿はご無事か?」
「それが……」
「いかがいたした?」
「……首実検をお済ませになり、本陣へご報告にまいられました」
「なんだ、それは?」
 甘利虎泰は顔を歪(ゆが)めて訊く。
「……横田備中殿がさように申されまして」
「高松が……」
 虎泰が思わず次の言葉を吞み込む。
 ――先陣大将が首実検の報告のために隊から離れるなどということはあり得ぬ。何かが起こったのか?
 いきなり胸騒ぎがした。
「行村、前(さき)の戦いで犠牲は出たか?」
「いいえ、ほぼ無傷にござりまする」
「ならば、一千の兵は無事ということなのだな」
「はい」
「ならば、とにかく、観音寺へ急ぐぞ。われらの後から伝右衛門の足軽隊が追ってくる。駿河守殿の隊と合流すれば、敵が三千でも何とかなる」
「はい」
「では、そなたは伝右衛門の隊に、この件を伝えてくれ」
「承知いたしました。失礼いたしまする」

プロフィール

海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。

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