第七章 新波到来(しんぱとうらい)5
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
飯富虎昌は主君の薫陶を代弁する。
「されど、御屋形様が本気で織田と手を組むとは考えられませぬ」
「そうだといいのだが」
「あまり気に病まれまするな」
「それにしても、この歳(とし)になって躑躅ヶ崎で謹慎とはな……」
義信が長い溜息をつく。
「そのうち御屋形様のお怒りも収まりまする。お休みをいただいたと思い、養生しながら、しばらく辛抱いたしましょう」
「そうするしか、ないな……」
義信は長い息を吐く。
それから、気を取り直したように面(おもて)を上げる。
「くよくよしていても始まらぬゆえ、この機会に領国周辺の状況をもう一度学び直しておきたい。家臣たちにも集まってもらい、色々と意見を聞きたい」
「家臣たちに?」
「さようだ。府中にいる奥近習の者がよかろう。父上の側にいた者たちならば、そのお考えもわかっているのではないか。ならば、まずはそれがしの世話役をしてくれた長坂(ながさか)を呼び、幹事を頼むのがよいかもしれぬ」
義信は父の奥近習だった長坂昌国(まさくに)を指名する。
「わかりました。すぐに遣いを出しまする」
飯富虎昌は屋敷から雑掌(ざっしょう)を派遣し、長坂昌国に声をかけた。
この家臣はすぐに応じ、夜になって屋敷に訪れる。
「義信様、お呼びにより参上いたしました」
「昌国、よく来てくれた。まあ、入ってくれ」
義信は自ら長坂昌国を出迎え、書院に案内する。
室に入ると、すでに飯富虎昌が着座していた。
「楽にしてくれ、昌国。三人で一献酌み交わしたいところだが、このていたらくではそれもかなわぬ。この身の処遇は、そなたも聞いておるであろう?」
「……はい。御屋形様の勘気を被られたとか……」
「さようだ。しばらく謹慎を言い渡された。どうやら、碓氷郡の城攻めが、お気に召さなかったようだ」
苦笑しながら、義信が頭を叩く。
それを見た長坂昌国が心配そうに眉をひそめる。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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